「凌真さん! 狐さんの契約取れました! あの山に住んでくれるそうです!」
「んー? 山?」

 千歳は凌真に駆け寄って、その背中を揺さぶる。

「ほら、見てください! 契約書です!」

 凌真は目をこすりながらそれを見て、機嫌悪そうに顔をしかめる。

「だったら502の契約は取り消しだな」
「あ……ごめんなさい。せっかく満室になりそうだったのに」
「は? 冗談じゃねぇよ。あんな狐、うちのマンションにはお断りだ」

 凌真はそう言うと、店にあった『大ガマ』とサインの書かれた502号室の契約書を破り捨てる。

「あとは……202も空室になるな」
「え……」

 202は千歳の部屋だ。千歳は驚いて凌真を見る。

「狐はいなくなったけど、街の中には他にもヤバいやつがいるかもしれない。だからお前はもうここを出て、まともな職場で働けよ」

 千歳は黙って凌真を見た。凌真は千歳を見ようとしない。

「凌真さんは……どうするつもりなんですか?」
「俺は……」

 凌真はさりげなく胸のリングをいじりながらつぶやく。

「もう少しだけ、ここにいるよ」
「だったら私もここにいさせてください!」

 千歳が叫ぶと、凌真は眉をひそめてこっちを向いた。

「まだお部屋を探しに来るあやかしが、きっといると思うんです。私はそんなあやかしたちの力になりたい」

 いつの間にか、千歳の周りにわらしや雪女たちが集まってきた。