「やめてください! 恨み合ったらダメです!」

 千歳は狐と凌真の間に入って言った。

「狐さん。おうちが欲しかったら言ってくださいね。凌真さんが素敵なおうちを作ってくれますから」

 狐が千歳をにらんだが、千歳は無視して続ける。

「凌真さんはきっと狐さんの気に入るおうちを作ってくれます。そうしたら狐さんだって、人間のことを絶対見直すと思います」
「まだわたしはここで暮らすとは言ってないぞ?」
「でも気に入ってくださりましたよね? ここからの景色」

 狐は何も言わない。

「この山はすべてご自由にお使いください。夏は涼しく過ごせますし、秋は紅葉が綺麗ですよ。冬は雪景色が楽しめます」

 千歳はバッグの中から契約書を取り出した。

「それと狐さんは特別に……賃料は無料にさせていただきますから」

 黙っている狐の前に、千歳は契約書とペンを差し出した。

「狐さん、ここにサインを」
「まったく……数百年生きてきて、お前のような小娘に会ったのははじめてだ」

 狐が千歳の顔を見下ろす。千歳もじっと狐の顔を見つめる。

 しばらくの沈黙のあと、狐の尻尾が高く上がった。そしてそれが勢いよく振り下ろされると、また強い風が吹いた。
 千歳は飛ばされないよう、契約書を胸に抱え、ぎゅっと目を閉じる。

 そしてそっと目を開けた時、千歳は凌真と一緒に、いつもの不動産店に戻っていた。