「来てくださると思っていました」
「ふんっ」

 千歳の声に、狐が鼻をならす。

「お前が紹介するという住処が気になっただけだ」
「ありがとうございます」

 千歳はあらかじめプリントしておいた、裏山の写真を狐に差し出す。

「人間のいない山です。あなたはもう、人間にこだわらないほうがいいと思うんです。これからもずっと、恨みを持ったまま生き続けるより、自分のために生きたほうが絶対いい」
「うるさい。人間の分際で偉そうなことを言うな。黙ってさっさとそこへ案内すればいいのだ」

 狐はプリントした写真をひったくり、じっと眺めてから千歳に言う。

「いいか? わたしが気に入る場所でなかったら、お前を食うぞ?」

 千歳はごくんと唾を飲んだ。後ろから凌真が様子をうかがっているのがわかる。
 深く息を吸い込み、心を落ち着かせると、千歳は狐の目をまっすぐ見つめて言った。

「わかりました。その時は好きにしてください」
「千歳っ、お前……」

 凌真があわてて駆け寄ってくる。

「そんな約束しちゃダメだ! 何考えてるんだよ!」
「大丈夫ですよ。絶対気に入ってくれるはずです」

 千歳は小さく微笑んで、狐に言う。

「でも狐さん、その場所はとても遠いんです。もう電車も止まっている時間ですし……」
「そんなものは関係ない」

 狐が太い尻尾を振り上げた。店の中に強い風が吹き、カウンターの上の書類がばらばらと舞い上がる。

「うわぁっ……」

 隣から凌真の悲鳴が聞こえた。

「きゃあっ……」

 千歳の体まで飛ばされそうになり、思わず凌真にしがみつく。しかし次の瞬間、千歳は凌真と一緒にふわっと風に乗って飛ばされた。