その夜、千歳はカウンターの前に座り、ずっと体を硬くしていた。後ろでは凌真が椅子にふんぞり返って、千歳の背中をながめている。

「大丈夫かよ、お前。やっぱり逃げたほうがいいんじゃねぇのか?」
「大丈夫です」

 カウンターの上にのせた手は、震えているけれど……それでも千歳は決めたのだ。
 もしまたここに狐がやってきたら……狐が死ぬまで安心して暮らせるような場所を、紹介してあげたいと。

 千歳はドキドキしながら店内を見る。今夜、猫又も座敷わらしも姿を見せに来ない。河童や貧乏神も、雪女もいない。
 みんなには命がけで助けてもらったのに、なんて勝手なことをしているんだろう。申し訳ないと思うし、あきれられているかもしれないとも思う。
 でもやっぱりやるしかない。これは自分の仕事なのだ。

 カラリと静かにガラス戸が開いた。ひんやりとした風が吹きこんでくる。
 千歳はすっと立ち上がり、まっすぐ前を向いて口を開いた。

「いらっしゃいませ。狐さん」

 店の入り口に立ち、鋭い目つきで千歳をにらんでいるのは、あの九尾の狐だった。