「凌真さん……」

 凌真が千歳の顔を見る。

「狐に締め付けられた時……私、見えたんです。自然に囲まれた野山で、あの狐がのびのびと暮らしている姿が……その瞬間、狐の力がゆるんだのがわかりました。私の体を離してくれたんだと思います」

 凌真が顔をしかめる。千歳はそんな凌真の両手を、ぎゅっとにぎりしめて続けた。

「あの狐は人間を恨んで、町に住むことにこだわっていました。でもそうじゃない。もう人間のことは忘れて、自分らしく生きられる場所に引っ越したほうがいいと思うんです。だからあの狐がまたお店に来たら、私の祖母が住んでいた田舎を紹介してあげたくて……」
「いい加減にしろ!」

 凌真が怒鳴った。千歳はびくっと肩を震わせる。

「お前まだそんなこと言ってるのか? 化け物狐の引っ越し先だと? 殺されそうになったのに? バカか、お前は!」
「バカバカ言わないでください!」

 言い返した千歳を見て、凌真が口を閉じた。

「だってそうすれば被害に遭う人間もいなくなるし、あの狐も自分を取り戻せると思うんです」
「俺はそんなのどうでもいい。他の人間がどうなろうと、あの化け物がどうなろうと……」
「本当ですか? それ」

 千歳の声に、凌真の動きが止まる。

「本当に凌真さんはそう思ってるんですか? このままうやむやに終わってしまってもいいんですか?」

 千歳は凌真の顔を見つめて言う。

「凌真さんは、お父さんが亡くなった真相を知りたかった。あやかしとの関係を知りたかった。知って……自分でなんとかしようと思っていた。そうでしょう?」

 凌真が何か言おうとして口を開きかけ、すぐに閉じた。

「お願いします。私にこの仕事をやらせてください。ちゃんと最後まで……あの狐の住処が見つかるまで、私にやらせてください」

 しばらく黙り込んでいた凌真がため息をつき、ぼそっと口を開いた。