今まさに桜が満開の『さくら公園』の前にある『いざよい不動産』。
 お店のある五階建てのビルは『メゾンいざよい』というマンションになっていて、この店の店長がオーナーだったという。

 しかしその店長が先月亡くなり、あとを継いだのが、店長の息子で今千歳の目の前にいる、十六夜(いざよい)凌真(りょうま)という男。

「と言っても俺はこの前まで別の会社で働いてたし、不動産屋の経営なんかわかんねぇんだよ」

 体をこわばらせて椅子に座る千歳の前で、のん気にコーヒーを飲みながら凌真が言う。
 どうやら千歳の分まで、コーヒーをいれてくれる気はないようだ。千歳は緊張したまま、ごくんと唾を飲みこむ。

「まぁ、家賃収入で生活できればいいかなって、前のブラック企業辞めて、この町に戻って来たんだけどな。なのにこのマンション、空き部屋ばっかで」

 凌真がコーヒーを机の上に置き、ため息をつく。

「だからなんとしても満室にしたいんだよ。俺が家賃収入で快適な生活を送るために!」
「はぁ……」

 この人、ただ働きたくないだけなのではないだろうか。
 千歳は男の顔をちらっと見る。
 歳はたぶん、千歳の少し上、二十五、六といったところだろうか。目つきは悪いが鼻筋は通っていて、わりとイケメンかもしれない。