「千歳さん。逃げたほうがよい」

 貧乏神が地面に杖を突きたてて、狐をにらむ。

「こやつはわしらには手におえぬ。早く逃げるのじゃ」
「でも……」

 このまま狐を野放しにしたら、また犠牲者が出てしまう。凌真の父親や凌真のような、狐に傷つけられる人をもう見たくはない。

「千歳、もういい。逃げよう」

 凌真に手を引かれたが、千歳は足を踏ん張った。

「ちょっと待ってください、凌真さん。私、この狐と話したい」
「話す? いまさら何を。こいつは話して何とかなるようなヤツじゃねぇだろ」
「でもこのまま逃げても何も変わらない。私は凌真さんのお父さんの死を、無駄にしたくない」

 凌真が黙って千歳を見つめる。千歳は視線を狐に向けた。穏やかな人間の姿とは違い、今の狐は牙をむき出し、鋭い目でこちらをにらんでいる。
 千歳は凌真から手を離し、狐の目を見つめて言った。

「あなたも……かわいそうな狐なんでしょ?」

 狐の赤い瞳がゆらりと揺れる。

「あなたも私と同じように……誰かの愛に飢えていたんでしょ?」

 千歳の言葉に、狐の表情がゆるむ。

「人間の分際で、あやかしの心を読めたとでも言いたいのか?」
「たしかに私は何の力もない人間です。でも私にもできることはあります」

 千歳は自分自身を励ますように、震える手をぎゅっと握りしめる。

「あなたはここにいてはいけない。あなたの居場所はここではないどこかにある。私がそれを探します。だからもうこんなことはしないで。これ以上、誰かを……それにあなた自身を傷つけないで」
「はははっ」

 千歳の前で狐が声を上げて笑い出す。