「お母さん……」

 いつの間にか千歳はつぶやいていた。涙が勝手にぽろぽろこぼれる。

「千歳?」

 目の前の凌真が驚いた顔をしている。だけど千歳の涙は止まらない。
 そんな千歳の耳に、狐の声が聞こえてくる。

「かわいそうに。母親の愛に飢えていたんですね? あなたは幼い頃に父親を亡くし、母親と二人暮らしだった。だけど母親はあなたに無関心。あなたは甘えたかったけれど、それを吐き出すことができなかった。なぜなら自分が悪いと思っていたから。自分が悪い子だから、母親に抱きしめてもらえないと思っていたから」

 声を出そうとしたが、出なかった。ただ狐のやわらかな毛にくるまれながら、千歳は涙を流す。

「かわいそうに。千歳、あなたはかわいそうな子だ」

 頭がまたくらくらしてきた。ここはずっと千歳が求めていた、あたたかで安心できる場所……

「千歳! 惑わされるな! 戻ってこい!」

 凌真の声が聞こえる。だけどまぶたが重くて、目が開けられない。

「千歳を離せ!」

 その時、千歳の頭の上を何かが飛んだ。はっと目を開くと、狐の顔を猫又の爪が引っかいている。

「猫又さん!」
「ちとせ! こっち!」

 下の方から聞こえた声に、視線を落とす。いつの間にか現れた座敷わらしが、千歳の手を引っ張り、凌真のもとへ連れて行く。

「わらしちゃん……」
「ちとせ、弱気になったらダメ! 自信を持たなきゃダメだよ!」

 座敷わらしに励まされ、我に返る。
 そうだ、あのあやかしは弱みに付け込んでくる。また闇の中へ引き込まれるところだった。