「人間のあなたに何ができると思うのです？　愚かですね」
「……返せよ」

　立ち上がった凌真が、狐に向かって叫んだ。

「返せよ！　俺の親父を！」

　千歳の胸が痛くなる。
　凌真は父親のことを嫌ってなんかいなかった。ずっと父親のことを想っていた。そして父親を救えなかったことを後悔している。

「ふふっ、それは無理です。死んだものを生き返らすことはできません。ただ誤解しないでくださいね。わたしは人間に何ひとつ手を出していない。ただ朔太郎と契約を結んだだけです。そして千歳さん。あなたとも」
「えっ……」

　背筋がぞっと寒くなった。次の瞬間、千歳の体がふわっと地面から浮かぶ。

「千歳っ！」

　凌真が千歳に手を伸ばす。千歳もそれにつかまろうと手を伸ばしたが届かなかった。

「きゃあっ……」

　千歳の体は宙を飛び、狐のもとへ引き寄せられる。そしてそのやわらかな毛に、全身を包まれた。

「千歳さん。あなたはもうわたしから離れられないのです」
「いやっ！　離して！」
「離しません。あなたは寂しかったのでしょう？　いつだってこうやって抱きしめて欲しかったのでしょう？」

　千歳の記憶が、急速に過去へと巻戻っていく。
　千歳の体を抱きしめてくれた誠也。たしかに千歳はすがっていた。騙されているとわかっていても、そのぬくもりが欲しくて離れられなかった。

　ではもっと前は？　高校生、中学生、小学生……やさしかった祖母のぬくもり。でもそれよりもっと、千歳が欲しかったものは……