「朔太郎は悩んでいました。あやかしに喜んでもらえる仕事は充実しているし、誇りも持っている。だけど愛する妻と息子に、寂しい想いをさせていることも実感していた。不器用な人間だったんでしょうね。どちらも適当に上手くやればよかったものの」

 ガマが楽しそうにふふっと微笑む。

「悩んでいる時の人間は弱いものです。すぐこんなあやかしに付け込まれる。朔太郎はわたしと関わるうちに、次第に自分を見失っていき、愛するものをさらに傷つけ、そして自分自身も傷つけていった。そんな愚かな人間をそばでながめているのは、楽しいものです」
「お前……」

 凌真の声と手が震えているのがわかった。千歳はそこでやっと、自分が凌真の父親と同じように付け込まれていたことに気づいたのだ。

「凌真くん、お父さんは後悔していましたよ。あなたのお母さんとあなたを傷つけてしまったこと。でも気づいた時にはどうにもならなかった。戻ろうと思っても戻れない、心の闇の奥底まで、引きずり込まれていたのです」

 そう言って大声で笑った途端、また風が吹き、女の姿が変わった。金色の毛の、九つの尻尾を持った狐に。

「はははっ、人間をからかうのは面白いものですね。愛する妻を失った時の、朔太郎の絶望的な顔。それなのに妻に会いに行くこともできないほど、自分を追いつめてしまっていた。そして最後には、自分で自分の命を……」

 千歳の腕が振り払われた。

「凌真さんっ!」

 凌真が狐につかみかかっていく。けれどその体は、一瞬で千歳の足元まで吹き飛ばされた。

「いってぇ……」
「大丈夫ですか!」

 千歳はしりもちをついている凌真の体を引き上げながら、狐をにらみつける。けれど狐は余裕の表情で笑っているだけだ。