悔しい、悔しい、悔しい……
 真っ暗な公園のベンチに座って、千歳はごしごしと目元をこすった。

 猫又やわらしに信じてもらえなかった自分が悔しいし、凌真に馬鹿にされた自分も悔しいし、あの店を飛び出しても目の前の公園しか行き場所のない自分も悔しい。

「もう……やだ……」

 結局、誠也に浮気されて部屋を飛び出した日から、自分は何も成長していないのだ。

 ぼんやりと空を見上げたら、あの夜と同じ月が出ていた。満月より少しだけ欠けた白い月……あの月を見てから、千歳は人間ではないものが見えるようになってしまったのだ。

「大丈夫ですか? 千歳さん」

 はっと顔を上げると、目の前にガマが立っていた。青白い公園の街灯に照らされ、ガマの顔は妖しいほど美しい。

「ガマさん……どこへ行ってたんですか?」

 ガマが薄く微笑んで、千歳に手を差し伸べる。千歳は戸惑いながらも、その手に自分の手を重ねる。

「ガマさんは、悪いあやかしじゃないですよね?」
「はい。もちろんです」

 ガマが力を込めて、千歳の手を引っ張った。そして立ち上がった千歳の髪を、長い指で梳くように撫でる。そのしぐさはとてもやさしく、心地よい。

「それなのに……みんな私のこと、信じてくれなくて……」
「かわいそうに……ぼくのせいでごめんなさい」

 千歳は首を横に振る。

「謝らないでください。ガマさんは悪くないです」
「ああ、あなたはなんてやさしい人なんだ。千歳」

 そう言うとガマは、契約書を取り出した。さっき店にあったものがオーナー用で、こちらは入居者が保管するものだ。

「ぼくはあなたと契約した。ぼくはあなたをずっと守ります」
「ガマさん……」

 戸惑う千歳の体を、そっとガマが抱き寄せた。頭がぼうっとして、体がふわふわする。

「もう離しませんよ。あなたのことは」

 千歳はなんだか気持ちよくなって、目を閉じる。体中の力が抜けて、どこかへ吸い込まれていくようだ。