「ちとせ、ちとせ。起きてよ」

 聞き慣れた声に、ゆっくりと目を開ける。だけどすごくまぶたが重い。
 少しずつ視界が広がって、頭の中も少しずつ動き出す。

 ここは――お店の中?

 千歳は店の接客カウンターに突っ伏して眠っていたようだ。それを座敷わらしが必死に起こしてくれた。カウンターの上には猫又ものっている。

「あ、私……寝ちゃったのかな?」

 いつの間に?

「お前、店開けっ放しで何寝てるんだよ。物騒だろ」
「ひっ」

 首を回すと、斜め後ろから千歳を見下ろすように凌真が立っていた。あきれたような顔つきで。千歳の頭が今度こそ目覚めた。

「あ、えっと、凌真さん……遅かったんですね」
「は? どこが遅いんだよ。今0時だぞ。お前こそ、勝手に店開けて電気つけて、何やってたんだよ?」
「え?」

 千歳は驚いて、壁に掛かっている時計を見る。たしかに針は開店時刻の深夜0時を指している。

「どうして……あっ、ガマさんは?」
「ガマさん?」

 千歳の前で、カウンターから顔をひょっこりのぞかせながら、座敷わらしが聞く。

「うん。大ガマのガマさん。でも見た目は人間の男の人なの。さっき502号室を内見して、気に入っていただけて……それで……」

 千歳ははっと、カウンターの上の書類を見下ろす。それは502号室の賃貸借契約書だ。あわてて中を開くと、『大ガマ』とサインが書かれてある。

「なんだ、それ」

 横から手を出した凌真が、契約書を奪う。

「契約したのか? 502を」
「そ、そうみたいです……」
「みたいってなんだよ、みたいって」
「私……部屋を内見したところまでしか記憶がなくて……」

 たしかあの部屋で、ガマに体を抱きしめられた。思い出すだけで、顔が熱くなる。だけどそんなことは凌真に言えない。

 凌真が千歳の横で、契約書を見下ろしながら顔をしかめる。