「あの、ご冗談ですよね……」
「冗談ではありません。千歳さんのやさしいお人柄と、お仕事をされている時のしっかりした態度。そして時々見せる可愛らしい表情に、男として守ってあげたくなってしまいます」

 千歳はますます挙動不審になる。

「そ、そ、そんなこと……」
「ほら、そういうところが可愛らしくてそそられてしまう」

 ガマがふっと笑って、千歳の背中にそっと触れた。ガマに触れられた部分が、すごく熱い。そしてそのまま千歳の体を、ガマは胸に抱き寄せた。

「千歳さん……あなたは何かを恐れていますね?」

 ガマの胸の中で、千歳は声も出せない。

「大丈夫です。ぼくを信じてください。ぼくが悪いものからあなたのことを必ず守ります」

 必ず……守る……
 今夜、あの店には誰もいなかった。千歳のことを守ってくれると言った、猫又も座敷わらしも。凌真だっていなかった。
 もしあの瞬間に、凌真の父親を惑わせた化け狐が来たら、自分はどうなっていたのだろう。

 だけど今、目の前にいるガマは、千歳のことを必ず守ると言ってくれているのだ。

「でも……」

 ガマがつぶやき、そっと千歳から離れた。千歳はぼうっとした頭のまま、ガマの美しい顔に見惚れる。

「ぼくの真の姿を見たら……きっと千歳さんも、ぼくから逃げるでしょうね」
「そんなこと……」

 千歳は乾いた喉から声を押し出す。

「そんなこと、絶対ないです!」

 ガマが千歳の前で微笑む。少し寂しそうに、けれど美しく。
 千歳はその顔から、目が離せなくなっていた。

「では千歳さん。このマンションに残ってくださりますか?」
「はい。私はずっとここにいます」
「それならこの部屋を契約させていただきます」

 そう言ってガマが笑顔を見せる。それと同時に千歳のまぶたが、重く閉じていった。