「ああ、そんなこと言ってもらえたのは初めてです。あなたはとてもやさしい人ですね。お名前を聞いてもよろしいですか?」
「申し遅れました。私は『いざよい不動産』の神楽坂千歳と申します」
「千歳さんですね。ぼくのことは、ガマと呼んでくれていいですよ」

 こんな美しい人に、いきなり下の名前で呼ばれたのも驚いたし、『ガマ』と呼んでいいのかどうかも戸惑う。するとガマがまた笑って言った。

「ああ、話がそれてしまった。実はぼく、住まいを探しているんです」
「あ、お住まいを……どういったお部屋をご希望ですか?」

 千歳は気持ちを入れ替え、カウンター越しでガマに向き合った。話しているうちに不信感は消えてしまい、むしろ親近感を抱いていた。

「実はこれを拝見して」
「あ……」

 ガマが取り出して見せたのは、以前千歳が作った『メゾンいざよい』の宣伝チラシだった。
 あやかしの集まる場所などわからなかったから、うっそうとした林や、壊れそうな空き家などにそっと配布しておいたのだ。家探しをしているあやかしが、興味を持ってくれるといいと思って。
 その努力が報われたかと思うと、千歳は嬉しくなった。

「『メゾンいざよい』なかなかよさそうな物件ですよね。中を見せていただくことはできますか?」
「もちろんできます! 実はこの上のマンションなんですよ。現在502号室が空室となっております。最上階でとても眺望のよいお部屋ですよ」
「それは良いですね。ぼく、景色のよい部屋に住みたかったんです。この町を見下ろせて、四季を感じられるような。千歳さん、案内お願いします」
「はい。では、こちらへどうぞ」

 千歳は資料を持って店を出た。けれど店には凌真も猫又たちも、現れる気配がなかった。