「ほんとにすみません……なんとお礼を申し上げたらいいか……」

 そして立ち上がって頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました!」

 情けなさでいっぱいになりながら顔を上げ、千歳ははっと思い出す。
 アパートの玄関にあった女の靴。大慌ての誠也の顔――あの部屋には帰れないんだった。どうしよう。

 千歳はちらりと男の顔を見る。男はあいかわらず機嫌悪そうな顔をしている。
 どうしようかと迷ったけれど、思い切って口を開く。

「あの、ここ……不動産屋さんですよね?」
「そうだけど?」

 やっぱり機嫌悪そうだ。逃げ出したくなったけど、行く当てもない。

「私……住む家がなくて……」
「住む家がない?」
「は、はい……あの、彼氏と住んでたんですけど、浮気されてしまって……だから今すぐ入居できる部屋があれば、紹介していただけないかと……」

 男が不審そうに千歳を見る。当たり前だ。
 酔いつぶれて、泊めてもらって、いきなり住む家がないなどと言い出す女なんて……怪しすぎる。

「あんた、学生?」

 肩上のボブヘア、小柄で童顔な千歳は、いつも実年齢より若く見られる。

「いえ、働いて……たんですけど、勤務していた不動産店の社長に、夜逃げされてしまったみたいで……仕事もないんです」
「は?」

 男があきれたように声を上げた。

「仕事もないのに、部屋を紹介して欲しいだと?」
「す、すみません! 銀行に貯金が少しはあるので、初期費用は払えるかと……どんな部屋でもけっこうです。できるだけ家賃の安いお部屋を……」

 そこまで言って、千歳は口を閉じた。男が冷たい目でこっちを見ている。
 やっぱりやめよう。この人怖い。不動産屋は他にもたくさんある。