鳥籠を持ち上げようと腰を曲げたままの姿勢で、男は少年をギロリと睨み付けた。
「コホン!では、若様。他にご用がなければ私共は、これにて失礼致します」
侍女は世話役に目配せすると、慌てて御者を急かして馬車で帰って行った。土埃を立てて去って行く馬車を見送りがら、少年はふん、と鼻を鳴らした。

そして2人だけになると、改めて平伏する女を見つめた。

黒髪は耳の辺りで短く切り揃えられ、俯いている為に彼からはメイドキャップしか見えない。
「僕はウィリアム。こっちはフエゴ。君は何て名前?」
少年は陽気に話しかけると女の返事を待った。

彼女はしばらく困惑したように沈黙していたが、やがて意を決した。
「名前はございません」
「え?何で?」
「私の身分では名前はございません」
「名前がないと不便だね。普段は何て呼ばれてるの?」
「『おい』とか『こら』です」