犬丸の運転するワゴン車で駅まで送ってもらう途中、男たちは皆、青い顔をして車内で茫然としていた。
 春菜だけが温泉での出来事を知らなかったが、どうやら聞いてはいけないような悲惨なことが起こったようだと、詳しく聞かないようにしていた。

 犬丸は地元の人間だったので、大きな音を出すと例の獰猛な鳥に狙われることを知っていた。しかし、大きな音といっても、地元猟師の銃声ほど大きなものでなくては鳥は暴れ出さないので、まさか宿泊客の中からそんな轟音を発する者が現れるとは思ってもみなかった。
 犬丸はあらかじめ鳥の危険性を説明しておいた方がよかったと反省し、お詫びに地元のうまいうどん屋に案内することを申し出た。
「駅に向かう道をちょっとそれるだけなので、お昼にぜひ食べて行ってください」
 男たちは心ここにあらずという感じで、はっきりした返事ができないでいたが、
「素敵、ぜひ行きましょうよ」
 と春菜が場の雰囲気を盛り上げようとして、犬丸に案内をお願いした。

 うどん屋はたしかに駅に近かったが、分かれ道を何本も行った複雑な場所にあり、地元の人間しか行くことができない穴場といった風情だった。
 猫彦と正太郎はようやく血色を取り戻してきたが、道明寺と桃山は、計画の失敗や鳥の恐怖や、社長としての面目が潰れた精神的打撃から立ち直れずにいた。
 犬丸を含めた一行で、うどん屋の座敷に上がった。客は他にいない。猫彦がメニューを見ていると、
「ここは鳥うどんが一番の名物です」
 と犬丸が言うので、全員それにした。
 三十分ほど静かに待っていると、店の主人が大きな盆に、うどんを乗せて運んで来た。
「ちょうど今朝獲った鳥だよ」
 と主人。ごとん、ごとんと皆の前にうどんを置いた。

 猫彦が口をつけると、鳥の出汁と上品な甘みの薄口しょうゆが見事に調和して実に味わい深かった。
 筒切りにした長ねぎが数本。鳥はもも肉が贅沢に丸ごと使ってある。腰のある麺もうまいが、抜群にうまいのは鳥肉だった。
 猫彦はうまさに目を細め、たしかに名物というだけあるなと思った。正太郎もうまいうまいと食べている。二人があまりにうまそうに食べるので、茫然自失だった道明寺と桃山も箸を付けた。
 春菜が箸で鳥肉をつまみ、
「これ、もしかして崖のところにいた大きくて黒い鳥ですか」と聞いた。
「そうです、うまいでしょ」と犬丸。
「へえええ、あの鳥はこんなにうまかったんですね」
 猫彦が言うと、一同に笑いが起きてこの日初めて和やかな空気になった。
 しかし、次の瞬間、道明寺と桃山は、うううと苦悶の表情を浮かべると、白目をむいてそのまま仰向けに倒れてしまった。


 猫彦たちが鳥に襲われた時、うどん屋の主人は店の近くの森で鳥猟をしていた。
 鳥のぎゃあぎゃあという鳴き声が遠くから聞こえたので空を見ると、ちょうど鳥の大群がやって来たところだった。
 これはチャンスと思い、群れに向かって散弾銃を放つと何羽か落ちたので、主人はそれを店に持ち帰った。
 そしてその数時間後、主人は鳥うどんを食べに来た一行に、獲ったばかりの鳥を調理して出した。
 この鳥こそ、今朝のおしるこ温泉の餅を食べた鳥だったのである。

 では、なぜ道明寺と桃山だけが倒れ、他の者が平気だったかである。それは彼らの食べた鳥が、ちょうど毒餅を食べた鳥だったためである。これに当たったのは不運としか言いようがない。
 彼らは毒の作用で意識を失い、直ちに救急車で運ばれた。
 毒餅を直接食べていたらあっという間に死んでいたであろうが、いったん鳥を介したため毒性が弱まったと見られ、一命を取りとめることができた。
 なぜ鳥が毒餅を食べても死ななかったのかは不明である。
 一説にはこの鳥は幼鳥の頃からトリカブトの花をついばむので、内臓にトリカブトを解毒する酵素を有するようになったとも言われる。

 道明寺と桃山は地元の病院に入院し、会社に戻って来られたのは倒れてから一週間経った後だった。
 道明寺は社員を集めると、賽銭泥棒をして会社の運転費用に充てていたことを告白し、会社を畳むことを皆に言い渡した。

 すぐにでも辞めたいけど、辞める勇気がないのでいっそ潰れて欲しい。という猫彦の願いは叶った。

<了>