口を開きかけたそのとき、
「ふわ……」
壁の向こうから、気が抜けるような大きなあくびが聞こえてきた。
「ああ、眠くなってきた」
と聖が言った。すでに半分寝てるんじゃないかと思うくらい、心底眠そうな声だった。
ええ、今、思いっきり話の途中だったよね……?
時計を見ると、ちょうど12時だった。いつの間に1時間も経っていたんだろう。
いきなり壁の向こうから男の子の声が聞こえてきて、自己紹介して、話をして……驚きの連続で、時間なんてすっかり忘れていた。
「じゃあ、おやすみ。また明日」
「ええっ?」
唐突に告げられた別れに、私はまたしても動揺する。
ん? 今この人、なんて言った?
おやすみの後……また明日って……。
「あ、明日もあるの?」
尋ねてみたけれど、もうなんの返事も聞こえてこなかった。
「うそでしょ……こんな秒速で寝る?」
しかも、人と話している途中で。
答えが返ってくるかと、独り言をぼやいてみるけれど、やっぱり返事はなし。壁に耳をくっつけてみても、何も聞こえない。
一体、なんだったんだろう。
12時になったとたんいなくなるなんて、シンデレラみたいだ。相手は顔も知らない男の子だけど。
モヤモヤした気持ちのまま私も布団をかぶり、目をつぶった。

ーーおやすみ。また明日。

驚きの連続で、あっという間に過ぎた時間。寝たくても寝れなかったのに、いつの間にかまぶたが重くなっていた。
明日も、こんな風に話をするんだろうか。
明日は、なんの話をするんだろう。
そのとき、ようやく大事なことに気づいた。
……ちょっと待って。
この壁、こんなに薄かった?
今まで、部屋にいるときに、隣から声が聞こえてきたことはなかった。でも今は、普通の音量の話声が、不思議なくらいよく聞こえた。まるで二人の間に壁なんてないくらい、はっきりと。
そこで、ハッと大事なことに気づく。
……ということは、隣の部屋にも、同じくらい声や音が聞こえているということだ。普段の生活音や、私の独り言も、全部。さっきの泣き声だって聞かれていたし。名前しか知らないとはいえ、相手は男の子だ。

「うわあああ……」

音が筒抜けというのは、なんだか、ものすごく困る気がする。
私は布団の中で頭を抱えた。

4月のはじめ。この日から、私と聖の、壁越しの不思議なやりとりが始まった。