相変わらず観客など一人もいないこの映画館は、俺にとってはとても居心地が良く素晴らしい環境だった。こんな状態で経営状況は大丈夫なのだろうか? なんて心配も少なからずあったりはするのだが。
周りを気にすることもなく一人独占して映画を観れる環境は、とにかく"最高"と表現して間違いないだろう。まるで自宅にある巨大シアタールームにでもいるかのようだ。
【これは実際の殺人映像である】
そんないつも通りのオープニングを眺めながらそんな事を思った。
「おっ。今回も女か……」
スクリーンに映し出された後ろ姿の女性を見て、前回の女性はナイフでめった刺しにされていたな。今回はどんな風に殺されるのだろう? と胸が高鳴る。
暫くすると、異変に気付いたらしいスクリーン上の女性は歩くスピードを速めた。時々こちらを振り返るような素振りを見せながら徐々に速くなってゆくその歩みは、ついには悲鳴をあげると一気に走り出した。
それを追いかけているのであろう視点からの映像は大きく揺れて少し見えにくく、俺は目を凝らすとスクリーンに食い入った。
この少し見えにくい映像こそがPOV方式の特徴の一つだとも言えるのだが、それが寧ろ最高の臨場感を生んでいると言っても過言ではないだろう。作り込まれた映画ではここまでの臨場感は出せないのだ。
いささかチープすぎるとも言えるこの映像だが、それこそがリアリティ性を高める最高の演出となって俺をこんなにも夢中にさせていた。
外灯の少ない暗い夜道を逃げ回る女性。きっと近くに住宅などないのであろうその場所は、外灯から離れると本当に真っ暗だ。
画面が乱れているせいもあってか、逃げ回る女性の姿はほとんど目視できない。
だがまぁ、それも仕方のないことだ。その内カメラが追いつけば嫌でも見れる。この映画を観る一番の目的である、殺害シーンさえちゃんと見れるならそれでいいのだ。
そんな事を考えながらも目の前の映像に夢中になっていると、未だ画面前方で必死に逃げている女性が近くにある建物の中へと入っていった。
あれ……っ?
乱れる映像の中、所々に映るその建物に妙な既視感を覚える。その霞がかったモヤのようなものは、カメラが近付いたことでハッキリと姿を現し確信へと変わった。
あぁ、やっぱりそうだ。へぇ……あそこで撮影したのか。
自分の知っている建物だったということもあってか、なんだかいつも以上に身近に感じる目の前の映像。トクトクと高鳴る俺の胸は少しだけ心拍数を上げた。