ライブの中盤、一旦全員がステージから捌けたが、すぐすみれだけが出てきた。
「ライラック女学院アイドル部から、四月にソロデビューすることになりました橘すみれです!」
ツインテールにアニメ声のしゃべり方とは裏腹に、
「それでは聞いてください、デビュー曲で『RAINBOW』」
とみずから曲紹介をしたあとの歌声は伸びのある本格的な歌唱力で、
「スゲえギャップ!」
「ライ女アイドル部の秘密兵器あらわる」
などと、ネットでは話題になった。
再びメンバー全員がステージ袖からあらわれると、
「それでは聴いてください、『いつの日か』」
千波が作ってストックしていた曲に、藤子が詞をつけたナンバーが披露された。
雪まつりライブが終わると、メンバーは卒業式で披露するパフォーマンスの練習に入った。
「澪先輩とののか先輩の最後のステージだから、みんな気合い入れていくよ!」
唯が檄を飛ばす。
この日は保護者や関係者、さらにはネットニュースの配信担当が来て、生中継も入る。
「今では台湾とかマレーシアにもファンがいるもんね…」
雪まつりライブをアップすると、台湾語やマレーシア語でコメントが入っていたのを茉莉江は見つけたらしい。
「体調管理だけは気をつけて」
普段大声を出さない藤子でさえ力が入る。
今回はすみれが作詞、千波が曲をつけた『雪が消える頃には』を発表予定で、
「私も久しぶりに楽器始めたさ」
などと雪穂が小学生以来だというサックスを持ち込むなど、それぞれ肩に力が入っていた。
卒業式前夜。
メンバー全員とあやめ、みな穂は優海の家に集まると、深夜まで騒いで語り合い、布団を並べて遅くなるまで再び語り合った。
一年生で同好会を作るときに澪がののかを誘ったこと、ののかが迷っていると入学前の藤子がたしなめたこと、美波がいじめから澪をかばってくれたこと、藤子が入学してすぐ同好会に来てくれたこと──。
三年間の思い出は尽きなかったらしい。
翌朝。
在校生組は先に通学し、一時間ばかり遅れて澪とののかが出発した。
いつものように手稲駅で降りて、坂を登り始めたときである。
「ののか!」
ののかが声のする側を見ると、美波の姿がある。
「美波…」
澪はそれだけで泣いていた。
「卒業式に遅刻なんて出来ないしさ」
美波は変わっていなかった。
「ほら、行くよ!」
相変わらず元気印の美波に伴われて、校舎を目指した。
校舎に着くと、在校生組のメンバーが待っていた。
「美波先輩…!」
唯も雪穂も、まさか会えると思ってなかった美波に会っただけで泣きじゃくっていた。
とりわけ号泣していたのは意外にも優海で、
「ひっ…ひっ…うぅぅ…」
過呼吸になりかけたほどである。
「あんた、そんなに泣かなくったって…まるで私が死んだみたいじゃない」
美波のジョークも、このときばかりは優海には通じなかった。
「なんで?」
「あのあと、通信制に移ったからさぁ」
そういえばライラック女学院には通信教育の制度がある。
「茉莉江と先生のおかげで、オーディション受けまくれてさ。でもやっぱり厳しいね、受からなかった」
笑いながら美波は、
「ライブ終わったら顛末は話すね。それより、楽譜ある?」
千波が予備の楽譜を渡した。
「ほとんど初見だけど、なんとかやってみる」
いつもの美波であった。
「やっぱり美波がいないと、アイドル部はピースが欠けたみたいで」
ののかは笑顔を取り戻していた。
卒業式は厳かに始まった。
国歌、校歌の斉唱、まずは来賓の挨拶があって、続いて証書授与では総代の安達茉莉江が代表で証書を受け取る。
その後、送辞を瀬良翠が読み上げた。
答辞は澪がすることになった。
これには経緯がある。
「実は私、成績が一番じゃないから答辞は断わったの。そしたら」
一位の生徒も断わってしまい、茉莉江は澪しか頼む相手がいなくなってしまったのである。
「ごめんね土壇場で」
「茉莉江ちゃんのおかげでいろいろ活動出来たから、恩返しをするなら今かなって」
澪は茉莉江の恩義に報いるつもりであった。
その澪が演壇に上がると、
「答辞」
その後、異常が起きた。
何と、たたまれた答辞を開かずに置いたのである。
「私はアイドル部部長でもあります。まずみなさん、私が来ることは場違いであることを謝りたいと思います。申し訳ありません」
深々と頭を下げてから、みずからの言葉で語り始めた。
「それでも、私が答辞をすることになったのは、私たちアイドル部を応援してくれている、たくさんの在校生や仲間たち、ファンの方たちのおかげです。本当にありがとうございます」
澪はマイクを直した。
「とりわけ前任の安達生徒会長や先生方、そしていつも見守ってくださった在校生のみなさん、さらにはネットの生中継でご覧になっているファンの方々のみなさんには、ひとかたならないお世話をいただき、アイドル部一同を代表してお礼申し上げます。さて」
澪はひと呼吸おいてから、
「このあと私たちライラック女学院アイドル部は、私を含め三年生が参加する最後のステージを行います。これはお世話になったみなさんへの感謝の気持ちを込めたパフォーマンスとなります。どうかみなさん、この卒業式の良き日の思い出の一つとしていただければと思います」
ありがとうございました、と澪は締めくくると演壇を降りた。
しばしの黙のあと、拍手が止むまで時間を要した。
後にファンの間で、
「伝説の答辞」
と呼ばれたそれである。
最後に、ステージにメンバーが並んだ。
黙礼ののち、
「美波、カモン!」
拍手に包まれて美波があらわれた。
「今日は通信課程のメンバー、乾美波も参加します。今日は卒業式のためにメンバーが書き下ろした曲を披露したいと思います。それでは聴いてください、『雪が消える頃には』」
千波のピアノのイントロが流れてきた。
卒業式が終わり、ホームルームで全員に証書が渡されて、下校する刻限になった。
それまで笑い声に包まれていた部室も、
「澪先輩…うぅぅ…」
また優海が泣き出した。
「初めの頃はあんなに生意気だったのにね…」
ののかに食ってかかったり、唯と口論したり…でもなぜか藤子にだけは逆らわなかった。
「きっと、苦手意識があるのかもね」
意外にも泣かなかったのは雪穂で、
「だって近所だし、多分夏には帰省で会うだろうし」
違和感丸出しの態度ながら、
「雪穂は変わらないね」
澪は微笑むだけであった。
「教育大前駅からなら、家まで電車一本だし」
雪穂と澪の実家は八軒駅と琴似駅の中間あたりだから、確かに会えない訳でもない。
ののかは唯やすみれ、マヤに囲まれて花束を渡された。
「夏休みには札幌に戻れると思う」
横浜の大学へゆくので、簡単には帰れない。
それだけに「新千歳まで見送りに行くから」という声がした。
美波は澪たちから少し離れた位置にいたが、
「来なって」
藤子に手を引かれて寄ってきた。
「美波、ありがとう」
「澪、最後のスピーチ凄かったね」
「みんなにどうしても、自分の言葉で感謝を伝えたかったからさ」
照れ臭げに頭を掻いた。
「でも私、春からもここに来るから」
一瞬、澪はよく分からなかったらしく、随分と不思議そうな顔つきをした。