新一年生はそれぞれお辞儀をした。
「赤橋あやめです」
もとはバドミントン部にいたが、
「リラ祭のののか先輩に憧れて来ました」
ののかは、少し照れ臭そうに頬を赤らめた。
「鮎貝みな穂といいます」
実は、とみな穂は、
「ホントは藤子ちゃんに憧れてマネージャーになりたかったんですけど、メンバーもいいなって」
これには思わずマヤが、
「もう、この子は欲張りなんだから」
とツッコミを入れた。
「みな穂ちゃんは背があるけど、何かスポーツやってた?」
「少しだけ水泳してました」
「水泳ね…水泳は美人多いよね」
無駄なものが水で削られるからかな、とマヤがボケをかますと、
「そんな、砥石じゃあるまいし」
雪穂がツッコんだ。
夕方まで優海の家で過ごしたあと、お開きとなってこの日はわかれた。
正月明けから、入部予定のあやめ、みな穂を含めた総勢九人は体育館のステージを使って基本のフォーメーションの練習を始めた。
「冬休み中なのに悪いね」
「私、練習風景を実は見たかったんです」
みな穂は言った。
「卒業式でライブやるなんて初めてだからさ」
最近は学校のPRとしてアイドル部は駆り出される機会が増えたらしく、卒業式ライブもその一つらしい。
あやめとみな穂はまだ中学生なので参加できないが、澪とののかはこれが最後のステージとなる。
「コレちょっとつけといて」
みな穂とあやめに、それぞれこの日来ていなかった澪とののかの代役として「みお」「ののか」と書かれた札をつけてもらい、立ち位置の確認をしていた。
「やっぱりセンターは澪ちゃんだよね」
澪の札を提げたみな穂は言った。
そこへ。
「ちょっと、何してるの?」
怒りを含んだ声がしたので振り向くと、なぜか生徒会長の瀬良翠がいた。
生徒会の登校日ではないはずである。
「だから、今何をしていたのって訊いてるでしょ?!」
ヒステリックな翠に、
「卒業式ライブの立ち位置確認です」
すみれが冷ややかに答えた。
「附属の子まで巻き込んで、どういうこと?!」
「彼女たちは体験レッスンです」
すみれがクールに言えば言うほど、翠の目は釣り上がった。
「これだからアイドル部は…」
するとボソッと雪穂が、
「前の安達会長のときには、そんなこと言われなかったんですけどね」
とだけ言った。
「…!!」
翠の体がぐらついたように見えた。
「それに私たちは学校の許可をもらってます」
優海が許可証をこれみよがしに翠に突き付けると、
「まぁ今日だけは、見逃してあげるわよ!」
翠は逃げるように駆け去った。
「…何あの子」
「何か情緒不安定ですけど…何かあったんですかね…?」
マイペースな雪穂は、いつもの調子に戻っていた。
部室に戻ると、
「雪穂ちゃんさ、機嫌悪いの?」
恐る恐る優海が訊いてきた。
「何もだよー」
雪穂はいつものホンワカした雪穂に戻っている。
「あ、さっきの?」
あれはね、と雪穂は、
「パパから教わったの」
雪穂の父親は、札幌では知られた建設会社の代表取締役である。
荒くれのガテン系たちを束ねる父親を見て育ったからか、可愛らしい見た目に反して、言葉の厳しい側面があるようで、
「だから、ああいったときには、前の人と比べてあげたらいいんだよって」
ニコニコしながらそんな話をする雪穂を、優海は少しだけ恐ろしく感じた。
例の雪穂の一言がかなり効いたものか、始業式が過ぎて三学期が始まっても瀬良翠の反撃らしいものはなく、
「雪穂砲」
とアイドル部内では呼ばれていた。
いっぽうで。
ネットでは私設のファンサイトが出来、それぞれの推しメンバーのコミュニティも出来上がるほどの盛り上がりを見せている。
初期メンバーを知るあたりは藤子、リラ祭から知るあたりは雪穂、その後の活動露出が増えたあたりからは優海を推すファンが多いというのが、大方の分析であった。
二月の雪まつりのステージライブが決まっていたので、
「このときには附属の子たちの合否が分かってるから、合格してたらお披露目だね」
さらにすみれのソロデビューが決まったので、
「すみれちゃんはソロのナンバーも覚えないとね…」
もっとも、すみれはモデル経験があるだけに、唯も不安はなかったようである。
三学期が始まってすぐ、朝練に来たすみれはどこかで聞き慣れないドンッ、という音を聞いた。
音を頼りに行ってみると、清正がいる。
グラブを手に、何度もフォームを確かめながら、除雪の山に刺し立てた板に向かって、勢いよくボールを投げ込んでゆく。
「…橘くん、おはよう」
すみれに気づいたらしかった。
「すごい早いですね」
「一応最速が全盛期で百四十五キロやったからね」
今なら百三十ちょっとぐらいかな、というと、左腕をしなやかにたわませながら、踊るように躍動しながらストレートを投げ込んでゆく。
「少しは体力維持しとかんとね」
すみれは間近で初めて見たのだが、これでも甲子園で初戦敗退だったというから、現実のむごさを感じたらしかった。
ライブ前の最後の週末、
「あやめちゃんとみな穂ちゃんのカラー決めないとね」
唯は気にしていたらしい。
「私たちのカラーを嗣げばいいじゃない」
ののかは言った。
「私のピンクと澪の緑が空くんだから、無理に決めなくても二つ空くんだしさ」
澪もそこは同感であったらしく、
「あやめちゃんはピンクで、みな穂ちゃんが緑ってのはどう?」
その場でグループチャットで希望を訊いてみたところ、
「私はピンクがいいです」
「私のラッキーカラーは緑なんで緑にします」
何とそのままだったので、早々と決まった。
二月十一日。
雪まつりの最終日、真っ青に晴れた大通公園の雪像をバックにライブが始まった。
「こんにちはーっ!!」
澪がマイクを手に挨拶すると、会場は満席どころか通路まで人が埋まっている。
みんなそれぞれ、イメージカラーのタオルや新グッズの団扇、さらにはペンライトなど、さまざまなグッズを手に歓声をあげている。
「えーと、今日はサプライズ発表があります!」
澪の言葉で、会場はさらに盛り上がる。
「シリアルナンバー八番、橘すみれちゃんのソロデビューが決まりましたー!」
すみれ推しのファンから歓声が飛ぶ。
ついでながら美波が言い出した番号制はシリアルナンバーとして、衣装の袖章についたり、ときには背番号になったりする。
特に六番の雪穂はファイターズのファンフェスタで同じ番号のスター選手に、
「あ、おれと同じ六番や」
と声をかけてもらい、ツーショット写真を撮ってもらったことまであった。
話を戻す。
「あと、私たち三年生は三月一日の卒業式をもって、アイドル部のグループ活動からは離れるんですけど、新しく一年生が入ります!」
おぉっ、というどよめきが起きた。
みな穂とあやめが登場し、
「新メンバーの赤橋あやめちゃんと、鮎貝みな穂ちゃんです!」
拍手が沸き起こった。
「この子たちが、私たち三年生のスピリッツを継ぐ後輩たちです。どうか応援してあげてください!」
泣きながらうなずくファンから、
「頑張れよーっ!!」
精一杯の声が飛んだ。
二人が自己紹介をすると、イメージカラーも引き継ぐことが発表された。
「みなぽん頑張れーっ!」
女の子の黄色い声がする。
意外とみな穂は女のコ受けするキャラクターであるらしかった。
ライブの中盤、一旦全員がステージから捌けたが、すぐすみれだけが出てきた。
「ライラック女学院アイドル部から、四月にソロデビューすることになりました橘すみれです!」
ツインテールにアニメ声のしゃべり方とは裏腹に、
「それでは聞いてください、デビュー曲で『RAINBOW』」
とみずから曲紹介をしたあとの歌声は伸びのある本格的な歌唱力で、
「スゲえギャップ!」
「ライ女アイドル部の秘密兵器あらわる」
などと、ネットでは話題になった。
再びメンバー全員がステージ袖からあらわれると、
「それでは聴いてください、『いつの日か』」
千波が作ってストックしていた曲に、藤子が詞をつけたナンバーが披露された。