一方で。
それまでほとんど意見らしい意見を出さなかった雪穂が、何日かして、急に美波の教室へあらわれた。
一年生と三年生は階が違うので、まずそれだけで行くのに勇気も要ったかもしれないのだが、そういったくそ度胸のようなものは、雪穂は持ち合わせていたようであった。
奇事、と言っていい。
「あの…美波先輩?」
「えっ…ゆ、雪穂ちゃん?!」
廊下まで出ると、
「アイドル部、ホントに辞めちゃうんですか?」
「うーん、さすがに居づらいかなってのがあるとさぁ」
日頃はサバサバして、
「乾みなお」
などと揶揄されるほど男勝りなはずの美波も、このときばかりは、どうしたことか歯切れが悪い。
「私は美波先輩がいないと困ります」
「なんで?」
「上手く説明出来ないんですけど…なんかいるとホッとするんです」
「だからって別に困らないと思うけど」
「美波先輩は困らないかも知れないでしょうけど、私が困るんです!」
雪穂が語気を強めたので、周りの視線が集まった。
見るからに小悪魔っぽい美少女の雪穂が、姐御肌の美波と何やら話し込んでいる光景は、下手をすると女同士の痴話喧嘩にも見られてしまいかねないやり取りではあろう。
しかも。
黒目がちな雪穂の、少しとろんとした眼差しで見つめられてしまうと、美波でもドキドキする。