藤子は言った。
「他のグループって、だいたいが歌とダンスだけじゃないですか? だったらドリフとかナックスみたいなバラエティカラーのあることをすれば、それだけで目立つし楽しいかなって」
これには、ののかが反論した。
「私たちはテレビに出る訳じゃないし、お笑いって簡単じゃないんだよ?! そんな軽々しく言わないで!!」
ダンスや歌の練習もままならない中、コントまで持ち込まれては、それこそたまったものではない。
更に、これに反駁したのは優海であった。
「先輩はやること選べるんですか? そんなに偉いんですか? まさか先輩だから言うこと聞けだなんて、そんな理不尽なこと考えてるんじゃないでしょうね?!」
剣幕のひどい中、唯が割って入った。
「まぁまぁ喧嘩しても始まらないって…とりあえず、部長と先生の意見は聞いてみよ」
澪と清正は黙っている。
「まずは、関口くんの意見を聞こうやないか」
澪に視線が集まった。
澪は沈思していたが、
「私は、コメディはアリだと思う。だってみんながそれで楽しんでくれれば、私はいいのかなって」
「澪…」
「あのねののか、私たちはアイドルなの。アイドルって、偶像なの。偶像に物を選べる自由はないと思うんだ」
だからね、と澪はののかの顔を見つめ、
「だからこそ、私は雪穂ちゃんの可能性も広げたいし、私たちの可能性も閉ざしたくない。出来る限りのことをしないと、後悔するかもしれないから」
「それは分かるけど…」
「じゃなきゃ桜庭ののかは、仕事を選ぶ了見の狭い人になっちゃうよ」
ののかは、返す言葉がなかった。
「それに、バラエティの力を鍛えておけば、何かで役立つ日が来るかもしれないじゃない」
澪らしい前向きな発言に賛同する向きもあった。
「よっしゃ分かった。台本はワイが探しといたるから、歌は少しゆっくり目で聴かせるタイプのにせぇ。二部構成なら、プロ仕様やしえぇやろ」
ようやくののかも、納得した様子であった。
翌日、清正はネットで見つけてきたコントの台本を印刷して冊子にした物をメンバーに渡した。
「これなら簡単やし、小道具も早く揃う」
そう言って見せたのは、なんとドリフやクレージーキャッツでも有名な、お通夜のコントの台本である。
「これなら学生やから衣装は制服でえぇし、祭壇なら段ボール箱とクロスで作れる。あとは、まぁ遺影と経帷子ぐらいや」
「あの…お坊さん役は?」
唯が訊いた。
「…まぁ、ワイやろな」
清正はニヤッと笑った。
「大学が仏教系やったから、多少は読経でけるで」
コントは一週間あれば段取りが分かるから、あとは歌とダンスに集中させようというのが狙いのようであった。
「確かにコントをメンバーだけでするアイドルなんて、あんまりないよね」
よくコメディアンの脇役では腰元だの店員だのあるが、メインで体を張るのは少ない。
「ああいうのも、事務所とかあるからなんだろうけどさ」
どこかドライな感覚が、彼女たちにはある。
このような経緯でコントの稽古は始まったのだが、ここで予想外であったのが、雪穂の演技力の高さであった。
本当に足が痺れているように、これまた上手く立ち回るのである。
「雪穂ちゃんに、こんなセンスがあったなんて」
そこで。
配役を変えてみた。
いちばん派手に最後のオチで転げ回るポジションにおいてみたところ、滅多に大笑いしない優海が、笑い転げてしまったのである。
「シレッとマジな顔でするから、余計に笑えるんだよね」
それをコントの基本だと知るのは、はるかな先である。
「これはイケそうね」
思わず澪がつぶやいた。
様々な配役替えをして落ち着いたのが、最初の焼香でドタバタするのが澪、次に匍匐前進するのが美波、最後に祭壇を壊すのが雪穂…という役回りで決まった。
「とりあえずやってみよう」
通しのリハーサルを撮影して清正に見せると、
「関西人のワイがウケたんやから安堵せぇ」
とのことであった。
「関西人が見てウケけるなら、きっと大丈夫だよ」
笑いに厳しいというイメージは、本物であったようである。
本番を間近に控えた練習のとき、事件が遭った。
ダンスの練習中に、ちょっとしたはずみから藤子が足を捻挫したのである。
幸い怪我は軽かったらしいのだが、滅多に起きないことだけに、
「藤子ちゃん、何か遭ったの?」
唯が、顔を覗き込んだ。
「…実はね、最近ちょっと頭痛があってさ」
藤子は苦笑いしながら、
「でもみんなに心配かけたくなくてさ」
「悪いこと言わないから、検査受けなって」
その日は藤子を休ませ、大事を取りタクシーで帰した。
明くる日、学校を休んで病院で検査を受けると、
「近視がひどくなって、視神経から頭痛が来てるようです」
との診断である。
「この眼球の状態ではコンタクトレンズは使えないので、メガネを使うしかないですね」
「メガネ…」
藤子は珍しく、
(どうしよう…)
あまり表に動揺を出さないのが、レアなことだが暗澹たる気持ちを隠すことができなかった。
何日かして。
症状がおさまってきた藤子は、地元の駅前のメガネ屋でメガネを作ったのだが、
「メガネに学割があるなんて知らなかった」
費用の面では安心したが、しかし問題は部活である。
「メガネのアイドルなんて」
藤子はほとんど聞いた例がない。
「確か昔、グラビアの子でいたのは知ってるけど…」
せいぜいそんな程度である。
調べてみると、いないわけではないが大体は普段メガネはかけておらず、たまにキャラクター作りとしてかけている。
相当悩んだらしいが、
(ダメならダメで、マネージャーに転向すればいい)
そのときには誰も責めることはないだろう、と藤子は思ったらしい。
土曜日にメガネが出来たので受け取りに行き、その足で手稲駅から坂を登って校舎まで来た。
だが。
メガネを外す前に美波に見つかってしまった。
「藤子ちゃん、メガネ…」
「うん」
仕方なく藤子は、美波にだけ打ち明けた。
「なんかさ、藤子ちゃんメガネ美人になったね」
「…えっ?」
美波は頭をなでた。
「それ、すごい可愛い」
「そう…?」
今度メガネで出たらきっとモテるよ、と美波は言うのだが、
「そうかなぁ…?」
藤子は半信半疑なままであった。
鏡を見ると、まるで漫画に出てくる冴えない少女そのままなようにしか、藤子自身には見えない。
「どこが可愛いのかなぁ?」
しばらく鏡を眺めていたが、答えは見つからないままであった。
ところが、である。
世の男子からは藤子のメガネ姿は好評であったようで、
「そこのメガネの彼女、お茶しよ?」
なんと生まれて初めてのナンパに出くわしたのである。
思わず藤子は手稲駅のトイレに駆け込んだ。
「…こんなこと、あるんだ」
動悸を抑えるのに必死であったらしい。
「すっごい怖かったんだから…」
慣れないことに恐怖を隠せなかった、藤子らしくない言動に、
「いいなぁ、最強のモテ武器なんて手に入れてさ」
ののかにからかわれる始末であったが、
「私たちグループは、キャラがハッキリしてるほうがいいと思う。その点で藤子のメガネは強いかも」
澪に言われると、悪い気はしない。
「だって、ススキノとか狸小路ならいざ知らず、手稲駅でナンパされたんだよ? サツエキ(札幌駅)なら何人声かけて来ることか」
美波にかかると、身も蓋もなかった。
それでも、少しだけ藤子の自信にはなったらしかった。
リラ祭を数日後に控えた火曜日の放課後、部室で集まって休憩していると、
「失礼します」
と、生徒会の腕章を巻いた女子高生が入ってきた。
「生徒会長の安達です」
と名乗った。
安達、名は茉莉江。
美波とは同じクラスだが、美波は話したことはほぼなかった。
茉莉江は生徒会長にしては珍しく、自分の意見では動かないという変わったやり方を取っていた。
合議で方針を決め、それを実行する。
それだけに周りからは「定見がない」と言われたこともあったが、茉莉江は「我を張るよりはいい」と意に介さない。
その茉莉江が、
「実はみんなに頼みがあって…」
と頼んできた。
みな、よほどのことと見たらしく、固唾をのんだ。
「リラ祭で、これは生徒会に来た投書での発案なんだけど、みんなの人気投票をするという話があって」
これには一同かなり動揺したらしいが、茉莉江は続けた。
「さすがにそこは、みんなの許可を取らないわけにはいかないから、それで取りに来たの」
この律儀さが、歴代生徒会長では屈指の明君と呼ばれた、茉莉江の茉莉江たる所以であった。