すみれのあまりに冷ややかな論破ぶりにみな穂は、
「でも本人は髪まで切って反省してる訳だし」
すみれは遮るように、
「髪なんかまた、伸びてくるって!」
それより、とすみれは、
「あなたは生徒会を理由にレッスンすら受けてない。部費だけ払って籍だけあれば、何とでもなるというあからさまな考えが見え見え」
いつもなら優海が言いそうなセリフをすみれが言うのは珍しかった。
「退部するか、生徒会に戻るかはあなたに委ねるけど、ここにあなたの居場所がないってことだけは、今ハッキリさせておくから」
取り付く島すらないすみれの剣幕に、誰も手はつけられなかった。
結論からして。
翠は生徒会に戻ることとなった。
「最後まで謝らなかったわね、あの子」
すみれは憤っていたが、みな穂は、
「改心したら変わりますって」
「あんたホント甘いわね…変わる訳ないでしょ、謝罪すら出来ない子なんだし」
「でも、先生だって笑って許してたじゃないですか」
当の清正は、
「まぁ軽々しい言動は許されんけど、ワイのことは過去の話やからどうでもえぇ」
とだけ言い、あとは一切触れなかった。
「何か復讐してこなきゃいいけど」
「…神宮で石投げたりして」
後ろで聞いていた雪穂がぼそっと言った。
「意外と毒吐くよね、かわいい顔して」
「毒じゃないもん、だってホントの話だもん」
あの子は投げられたほうなんだけどね、とすみれは話を切った。
翠が生徒会に戻ってほどなく、茉莉江が部室にやってきた。
「茉莉江先輩が来るなんて珍しいですよね」
この日は藤子が相手をした。
「今度ね…実は彼氏が出来てさ」
「…えっ?!」
藤子は耳を疑った。
「いや別に大した話じゃないんだけど、…まぁどうなるか分からないし、連絡つきにくくなったら、彼氏と話してるとでも思ってくれたらいいかなって」
「…でも彼氏かぁ」
考えたこともなかった、と藤子はしみじみ言った。
「だって藤子ちゃんは今やみんなの藤子ちゃんなんだから、彼氏なんか出来たら騒ぎになっちゃうよ」
確かにそうかも知れない、と藤子は気づいた。
「その点私は普通の子だから、誰にもなんにも言われないし」
茉莉江はクスクス笑った。
「いつか紹介してね」
「彼、こないだちょっと怪我したから、治ってからでいい?」
「うん」
藤子はあっさりし過ぎている面がある。
十月から代替わりしたアイドル部は、藤子と唯、マヤが抜け、新部長がみな穂になったことで、新しく変わろうとしていた。
しばらく休止していた外部活動を、土日祝日限定で解除することにしたのである。
「一時期ほどフィーバーしなくなったしね」
同時に。
「画面よりライブを」
という基本スタンスに回帰しようと、ラジオ番組のイベントを少しだけ増やした。
これには優海もすみれも賛成で、
「私たちはあくまで、現役のJKだしさ」
地道なイベントに出る回数は増やした。
この月からは雪穂が地元の土曜日の情報番組のリポーターに抜擢され、ラジオの収録が日曜日にズレた。
特に雪穂が白老のアイヌの施設へロケーションに行った際には、
「アイヌからアイドルって初めてじゃないかな」
という館長のはからいで、民族衣装を着せてもらったりもした。
「やっぱり似合うねー」
メンバーからも好評で、日頃褒めない優海も、
「いちばん雪穂らしくて私は好きかも」
と言ってくれた。
その他方で。
ハマスタの全国大会へのエントリーはしない、という方針も多数決で決めた。
「七人ギリギリじゃあ、出るのもどうかなって」
というすみれの意見を取り入れてのことであったが、前年度優勝校で、しかも全国区となったアイドル部が出ないというだけで騒ぎとなった。
「また雪穂先輩みたいに、知らない人に肩を掴まれるような危険は避けなきゃね」
これには雪穂も笑うしかなかった。
「みな穂には悪いけど、来年は優勝旗を一人で返しに行ってもらうしかないよね…」
すみれはバツの悪そうな顔をした。
みな穂の基軸は、
「大人に振り回されないこと」
というのが方向性としてあったようで、
「私たちは大人のお金儲けの玩具でもないし、もちろん人間だし、ましてやATMでもない」
と雪穂が言った台詞を、行動にあらわしたかのように、みな穂は明確に動いていたようである。
唯が目標としていた札幌ドームの単独ライブは、コンサドーレのファンフェスタのゲストというかたちで叶った。
「私、ベガルタファンなんだけどな…」
みな穂はコッソリ言った。
すでにインディーズレーベルから出したアルバムは三枚を数え、ニ等身フィギュアのガチャも出た。
「紅白とワールドツアーは、次の代に委ねる」
無理をしないのが、商業的ではない部活動ならではのアイドル部であった。
そうした折。
卒業したののかが、十月から朝の情報番組のお天気キャスターとしてデビューしたのである。
「すごいね、ののか先輩がおめざジャポンのお天気キャスターだよ?!」
放送の初日、番組でののかが紹介された。
「新しいお天気キャスターは、あのライラック女学院アイドル部OG・桜庭ののかちゃんです!」
画面にののかが映った。
「本物だー!」
「あのときの面接って、これ?!」
果たして、唯の予想通りであった。
「今日からお天気を担当することになりました、桜庭ののかです」
ぎこちなく原稿を読むののかを食い入るように唯は見ていた。
ののかのデビューはたちまち話題となり、業界では「ライラック女学院アイドル部」といえばちょっとしたブランドとなっている。
それでも。
すぐ芸能界に行くわけではなく、それぞれ自由に進路を選んでゆく。
唯は何社かあったオファーをすべて断って、芸能界を選ばず服飾の専門学校へ進むことを選んだ。
「アイドルだから芸能界に行かなアカンという法律はあれへん」
清正の明快極まる進路指導によるものであった。
ハロウィンにはレギュラーのラジオ番組のスペシャル生放送があったのだが、
「サプライズゲスト、初代部長の関口澪ちゃんが来てくれました!」
このとき澪は、驚くべき告知をした。
「ライラック女学院アイドル部、念願の全国ツアーが決定しましたーっ!」
ドッキリでも泣かなかったすみれですら、このときはあまりの衝撃で涙を流したので、
「すみれちゃんも泣くんだ?」
とぼけた雪穂砲に、全員が撃沈する一幕もあった。
年の瀬が近づくと、各局の音楽番組に呼ばれる頻度が増えたのだが、ほとんど札幌からの中継で、
「すみません、私たち部活動なもので」
と毎回謝るみな穂のセリフを元にした「私たち〜なもので」という流行語まで飛び出した。
年末の紅白を終えた後、次は二月の雪まつりライブ、さらには三月一日の卒業式ライブ…と日程は比較的詰まり気味ながら、それでも新一年生は五人入ることも決まって、
「同好会スタートから四年で、ここまで来るとは思わなかったな」
というのが、初期からいた唯や藤子の偽らざる思いであった。
「うちらは部活動だから、お金も持ち出しだし苦労はあるけど、ビジネスに流されないから廃部にならない限りは大丈夫なんだよね」
今やアイドル部は全国にある。
その草分け的な存在として、先だってもフランスのドキュメンタリー映画のクルーが来て撮影していったほどである。
その中で藤子は、
「私たちの原点は楽しむことで、まずメンバーみんなが楽しむこと、見てくれる人が楽しむこと、そして笑顔にすること…これが最終目標かなって思います」
そのための厳しい練習であり、ストイックな生活なのだと藤子は言った。