みな穂とあやめが部室に戻ると、

「…」

 翠が一人で泣いていた。

「私、何をどこで間違ったのかな?」

 みな穂は少し考えてから、

「まず結論から言うね。私はあなたが憎い訳じゃない。翠ちゃんが人の生き死にに関わる話を、軽々しく扱ったから腹が立っただけなの」

 翠の嗚咽が止まった。

「イリスは知ってるよね、私が震災で札幌に避難してきた話」

「うん」

 翠は思わずみな穂を見た。

「私は生き残れたけど、友だちも、可愛がってくれた近所のおばちゃんも、みんな津波で流された」

 翠は顔がこわばった。

「あなたはきっと、安全な場所でずっと過ごしてきて、だから別に特技とか持たなくたって生きて来られたんだと思う」

 だけど、とみな穂は、

「私なんかは特に、生きるために必死だったし、今だって不安だらけだから、これだけは負けないってものを今も探してる。あなたには何があるの?」

 翠は返す言葉どころか、気力すら失っていた。

「…だからもう、そういうことは私の前ではしないで欲しい。言いたいのはそれだけ」

 みな穂は部室の窓を開け、

「さ、淀んだ空気を変えよう」

 少し冷たくなった、十月の乾いた風が抜けて行った。