日曜日には、パソコンとプリンタが来た。
さらに模様替えをしたり、着替え用のスペースを作ったり…と、部室の整理をしたのち、週明けから始まる部活動の新入生勧誘、通称新勧の準備がスタートした。
部長の澪は月曜日の朝から玄関前でチラシを配り、ののかと藤子は校門前で、ひたすら気になる子に声をかけた。
正式にまだテニス部を退部していなかった美波は、手続きが済んでから新人勧誘に加わる予定で、
「ごめんね澪、ちゃんとケリついたら勧誘するからさー」
拝むように美波は謝った。
一方で。
清正はメールを、東京のテレビ局や札幌の情報番組に送ったのである。
奇策と言っていい。
「全国でも珍しい、アイドル活動をする部活動」
という特性を売り込んだのである。
翌日、早速テレビの中継車が校門前に停まり、
「どんな部活動ですか?」
などとディレクターが澪にインタビューをする映像が、地元の番組でその日の夕方には流れた。
「あんな風に画面に映るんだねー」
みなしげしげと眺めた。
週末が来た。
テレビの効果があったからか、三日間で七人ほどの生徒が見学に来た。
澪やののかが屋上で、ダンスの見学と体験を案内し、入部希望者に改めて記入用紙を渡す…というスタイルで、結局は三人の入部が決まった。
しかも。
二人は入学したばかりの一年生である。
もう一人は、
「藤子と一緒だからいいかな」
という、二年生の萩野森唯が入った。
ダンスの心得はあるが、
「大したレベルじゃないけど、一応は経験者ってことにしておいて」
物怖じしないところが、他の四人とは明らかに違った。
唯は藤子とは幼稚園からの間柄で、洋裁の講師の娘で、習ったことはないが門前の小僧でミシンを扱うのが得意な唯は、度々藤子の衣装をミシンで縫ったりしていた。
そのうち、
「私も衣装着て、ステージ立ってみたいなって」
たまたま唯の母親がよさこいソーランのチームにいて、ダンスや芸能に対して理解があったのも、好都合であった。
よさこいソーランのチームにいたこともあったが、
「あれは体育会系で上下関係が超厳しくて、私には合わなかった」
唯は頭ごなしに言われると、依怙地になって逆のことをしたがる癖があった。
「だって藤子ちゃんが着る衣装って、デザイン可愛いからさ」
ちなみにデザインは、萌えキャラを描くのが好きで絵の上手いののかが決めていた。
たまに気分がクサクサすると唯は、家から持って来た、父親から譲られたアコースティックギターを弾いて、部室で唄うときもあった。
「別に習ってないから独学なんだけどさ」
とは言うものの、左利きの唯は慣れた調子でレフティーに構えると、椎名林檎や西野カナのナンバーをよく好んで唄ったりもした。
頭抜けて上手い訳ではなかったが、しかし少しかすれたファルセットがちょっと大人びた印象をあたえていた。
新入生の勧誘で入ってきた一年生は岐部優海と有澤雪穂といった。
優海は元来が歌手になるのが夢で、小学校のときからだというボイストレーニングも、本格的にレッスンを受けている。
「アイドルだからって、そこらの男に甘く見られたくない」
という優海は、腹筋が綺麗に割れている。
「アスリートみたいだね…」
藤子はそれだけで軽く引いた。
他方の雪穂は、
「女の私が見ても可愛い」
と、ののかが誤解を招きかねない発言をするほど、色白でクッキリした典型的な美少女のようなビジュアルをしていた。
後に聞いたところ、
「苫小牧のおばあちゃんのほうがアイヌ民族の系統らしいんだけど、それ以外は分からない」
との由で、どこかエキゾチックな雰囲気とスタイルの良さから、小悪魔キャラのように思われていた。
部員が七人となったことで少し部室は手狭になったが、ダンスレッスンはその分、屋上を広く使ったフォーメーションを意識したものへと変わり始めた。
しかし。
「どうしても、揃わないんだよねぇ…」
ダンス経験のある唯が発見したのは、テンポ取りの問題であった。
「雪穂ちゃん、ダンスは?」
「あんまり得意じゃなくて…」
これで辞められては困るのである。
離れて見ていた清正が、
「ちーと待っときやな」
しばらくして戻って来た手には、授業用に使うタブレットやら三脚、デジタルカメラなどがあった。
「これで撮りながら、見てみんか?」
客観的に原因を調べるつもりであったらしい。
写真館の娘なだけに、ののかが慣れた手付きで三脚を組み立ててゆくと、あっという間にセッティングが済んでゆく。
ののかがカメラを四方に据えると、タブレットと回線で繋いで、フォーメーションを撮影してみる。
すると。
「確かに、萩野森くんの言った通り、有澤くんのテンポが少しだけ遅いね」
「特に最初だけだよねー」
脇で画面を覗き込んでいた優海が、
「雪穂、最初だけ少し早く動いてみたら?」
「そんな簡単に動けないって」
「半拍だけ早く動いてみたらってこと。雪穂だけ半拍ズレてるから」
試しに雪穂の裏拍で全員が踊ると、綺麗に揃った。
「裏拍?」
雪穂は首をかしげた。
「普通にタンタンって打つのが表拍、ンタンタって打つのが裏拍。これから使うから覚えたほうがいいよ」
優海にも優しい面はあるようであった。
「今度は曲をかけてやってみよう」
やはり雪穂だけ半拍ずらすと、綺麗にフォーメーションが整う。
「…私、向いてないのかなぁ?」
雪穂は少し後悔したような気がしたらしいが、
「雪穂、これは体で慣れていくしかないから、最初から上手くゆく天才なんて中々いないって」
ののかが優しく肩に手をやった。
「先輩…」
雪穂は泣きそうな顔をしていた。
「有澤くん、早く出来ればえぇってもんやあれへんで。拙速は誰でも出来るけど、確実にやろうとする根気は誰しもある訳やない」
大丈夫や、と清正が穏やかに諭すように語りかけた。
「とにかく頑張ってみます」
はるかな後の話だが、このときの雪穂の努力の甲斐もあって、ダンスは指折りの名手となった。
しかし、である。
時間がない。
五月の連休明けの段階でのことなので、
「でも今のペースで練習してたら、六月のリラ祭には間に合わないかも…」
美波の言うリラ祭とは文化祭のことで、同好会時代からメンバーが出演するステージがある。
「特に今年は部になって初めてだし、みったくないことなんかしたくないし…」
ののかも、そこは気がかりであったらしかった。
「三人のときには、どないしてたん?」
「出来るだけ間隔を広くして、大きくステージを使うようにはしてました」
澪が答えた。
「じゃあ今年は七人やし、逆にメンバーを覚えて貰うつもりでやってみるっちゅう手はあるけどな」
「例えば…どんなのですか?」
藤子が訊いた。
「ファンミーティングみたいのとかどうやねんな?」
「むしろ、他のグループがやってないことをやったほうが、私たちのカラーを出せるのかなって」
「どんなんするん?」
「コメディみたいのもありかな、って」
藤子の発言に一同が目を剥いた。
藤子は言った。
「他のグループって、だいたいが歌とダンスだけじゃないですか? だったらドリフとかナックスみたいなバラエティカラーのあることをすれば、それだけで目立つし楽しいかなって」
これには、ののかが反論した。
「私たちはテレビに出る訳じゃないし、お笑いって簡単じゃないんだよ?! そんな軽々しく言わないで!!」
ダンスや歌の練習もままならない中、コントまで持ち込まれては、それこそたまったものではない。
更に、これに反駁したのは優海であった。
「先輩はやること選べるんですか? そんなに偉いんですか? まさか先輩だから言うこと聞けだなんて、そんな理不尽なこと考えてるんじゃないでしょうね?!」
剣幕のひどい中、唯が割って入った。
「まぁまぁ喧嘩しても始まらないって…とりあえず、部長と先生の意見は聞いてみよ」
澪と清正は黙っている。
「まずは、関口くんの意見を聞こうやないか」
澪に視線が集まった。