ラジオ番組は土曜日に収録され、日頃のレッスンの様子などが紹介された。
かなり厳しく美波が指導するので、
「そこらのチャラチャラしたタレントやお笑い芸人の比ではない」
などと言われたこともある。
清正が出た回のときには、
「あんまりプロデュースしてないですよね?」
などとツッコまれたが、
「あくまで部活動ですからね。誰が顧問に来ても大丈夫なように、彼女たちに自由と権限と責務を持たせな、この部はすぐ消えます」
チームとはそうしたもの、と清正は言い切った。
「これは顧問になってから思ったのですが、アイドル部であれ何であれ、ワイは人間教育とか人格形成の一つのツールやって考えてるんですね。せやから、なるだけ生徒に考えさせるし、生徒自身が提案して決めたことには責任持たせます」
これが反響を呼び、清正にも講演会の依頼が入るようになって、長谷川マネージャーがスケジュールを見るようになった。
夏休みが終わった頃、部内では新しい部長をどうするかを、考えなければならない時期に差し掛かっていた。
前回は話し合いで決まったが、
「今回は恨みっこなしで、くじ引きにしたいんです」
言い出したのは翠である。
一年生で生徒会長までなった翠は、
「上昇志向の強い女」
と見られる向きが強く、今回も我を通すものだと誰もが感じていたし、疑う余地はなかった。
が、しかし。
「別に武装する必要がなくなった」
だから生徒会長も次は選挙は不出馬、というようなことを翠は言った。
素直になると、こんなに人は変わるのかと目をみはらされたが、可愛らしさが出てきたのか、前のような鋭い口振りはかなり減った。
攻撃性がなくなると翠は奇妙なぐらい回転の良さを発揮する。
「あれは使い方やろな」
しかし組織で使えるかどうかは別、とも清正は評している。
「あいつが使えるポジションは二番手。しかし二番手は信頼性がないとつとまらん仕事で、果たして軽薄な面があると、さぁどうなるか」
何やら批評めいたようなことを言った。
くじは一年生と二年生の人数分を作り、当たりは一本。
順番はじゃんけんで決めて引く。
トップバッターのみな穂が引いた。
「…えっ」
みな穂が驚いたのは無理もない。
「…当たり、引いちゃった」
どうしようというみな穂の困惑の顔をよそに、
「みな穂で決まりね」
誰も予想どころか、一本目で引き当てるとは想像すらしておらず、部室の中は一時騒然となったが、
「でもみな穂で良かったかも」
言ったのは千波である。
「みな穂ってどちらかというと知性派だから、案外上手くいくかも」
自信なさ気なみな穂を、優しく姉のように言葉を千波はかけた。
みな穂はよく、
「私なんか…」
という口癖があった。
どちらかといえば引っ込み思案で、前にグイグイ出るほうでもない。
おまけに人見知りでもある。
なので最初はしゃべることもなく、
「みな穂、あんた大丈夫?!」
気遣われることもしばしばである。
そんなみな穂が新部長、である。
「私なんかが部長で、アイドル部に何か遭ったらどうしよう…」
「そのために私たちがいるじゃない!」
優海が肩をぽんと叩いた。
このアイドル部という組織は女の園というより、どこか甲子園を目指す野球部のような、一種のチームとしての論理が働いているところがある。
誰かがピンチの際には他のメンバーが助け、それによってチームがパワーアップする、という効果をもたらす。
しかし。
一人でも身勝手なことをすると、それはチームの力を削ぐとして、排除までは行かなくても、疎外されても抗弁出来ない…というのが、どうしてもある。
つまり落伍者には厳しいのである。
その点でみな穂は、武器があったので難局を乗り切れたのかも分からない。
日頃の本好きの賜物か、古典や歴史、雑学には造詣が深く、
「この衣装の襟はバッスルスタイルだから十九世紀だけど、この身頃は二十世紀の半ばぐらいの身頃の裁ち方だから、ちょっと違和感がある」
などと服飾史の話なんかを持ち出したりもする。
「ちょっと偏屈な面はあるけど、みな穂ならアホではないからきっと何とかなるかなって」
ハマスタで優勝したときの衣装も、唯のデザイン画を見て、
「帝政時代のフランス軍の士官とか、幕末のジャンヌ・ダルクって呼ばれた、会津戦争の新島八重みたいな感じになりそうだよね」
と即座に反応し、それで唯がみな穂から資料を借り、ブラッシュアップさせて完成形に辿り着いた…というエピソードがある。
ともあれ。
「分からないときは、鮎貝みな穂に訊け」
と呼ばれたほどの博覧強記ぶりでもある。
これはまた藤子と違ったもので、
「私はあんなに詳しくないよ」
といい、一目置いているフシがあった。
そんなみな穂はラジオに出てもアイドルらしからぬマニアぶりを発揮することがたまにあり、
「でも経済って元々は世を経し民を済うだから、お金儲けの単語じゃないんですけどね」
などと、たまに学者気質な面も出す。
即座にリスナーからメッセージが来て、
「みな穂先生にぜひ、家庭教師やって欲しいです」
これにみな穂は、
「ジャンル偏ってるから、受験勉強にはならないかも」
と、頼りない答えを返した。
このアンバランスな感じが、ファンにはたまらなかったらしい。
「だって知ってることしか言えないから」
とはいうものの、取り澄ましたところがなく、素直という単語だけでは表記しにくい面があることだけは確かなことであった。
そうした飾らないみな穂が、いつも一緒に過ごしていたのはあやめで、同期入部でクラスも同じといった共通項もあって、
「イリス、ランチ食べよ?」
あやめをラテン語のイリスで呼び、いつも並んで学食でランチタイムを過ごす。
背が高く大人びた感じの雰囲気をまとったみな穂と、小柄で少し古風なあやめのユニットは、
「姫と侍女」
とマヤが名付けた表現がしっくり来るほど馴染んでいる。
当のみな穂はあやめを下僕扱いすることはなく、
「イリス、私が持ってきてあげるから」
などと甲斐甲斐しく動いてくれたりもする。
「ああいったところが、セラミックスとは違うんだよね」
優海やマヤに言わせると、そんなところであったろう。
基本的にアイドル部は、二年生の修学旅行が終わると代替わりとなる。
今年は優海、雪穂、千波、すみれ、翠の五人が修学旅行に行ったのだが、この間にちょっとした件があった。
「先生、奥さん数年前に亡くなってたんだって」
清正はプライベートを余り明かさない。
「それで生徒のダンスが上達するわけでもないやろ」
という、実に明瞭な理由からである。
「じゃあ、指輪は?」
はるかな以前、ののかが目ざとく見つけた薬指の指輪である。
「ずっと忘れないように、つけてるみたい」
こういう手合いの話柄は、女子高校生の大好物でもある。
「でもさ、そんなに大切にしてるなんて、女の子目線からしたら理想的だよね」
マヤは言う。
「だってそこまで思われてたらさ、たとえ先生が誰かと再婚したって、それはそれで再婚相手が魅力的だって意味でもある訳だし」
そんな男子いないよね、とマヤはすぐ話を壊す。
話の出どころはマヤであった。
「じゃあ何で分かったの?」
それがね、とマヤは唯やあやめ、みな穂を集めると、
「たまたま聞いちゃったんだ」
職員室にマヤが清正の印鑑をもらいに書類を持っていった際、
「嶋先生、法事で休まれているそうです」
このときに他の教諭が、よりによってベラベラ喋ってしまったのである。
数年前の話で、アイドル部の連中が知っているものと思い込んで話したらしいが、
「それさ、黙ってたほうがいいよね?」
マヤ、あやめ、唯、みな穂は箝口することにした。
「だってさ、先生だって言わないのにはおそらく、理由があるはずなんだって思うし」
比較的アイドル部は口が固い。
サプライズ企画を扱ったりすることに慣れており、普段から秘密を厳守しないと影響が多大であることを自覚していた面はあったろう。