審査の結果発表が始まった。
まずは銅賞、オーディエンス賞、技術賞、審査員特別賞、銀賞、金賞、そして最後に最優秀賞と呼ばれる。
まだ出ない。
不安と期待が入り混じる。
特別賞で叡智学院が出た。
銀賞ではない。
清正は天を仰いだ。
金賞…でも呼ばれなかった。
(さすがにアカンかったかなぁ)
息をついた。
しばし、沈黙があった。
「最優秀賞、ライラック女学院高等部」
一瞬、よく分からなかったが、一階の代表席で唯や藤子たちが抱き合って泣いていた。
「先生、取りましたよ!」
翠に揺さぶられて我に返った。
「えらいことになった」
まず思ったのはそれである。
信じてはいたものの、まさか取れるとまではまるで思っていなかっただけに、
「あいつら、すげぇな。奇跡起こしよったで」
参ったな、というような顔をした。
表彰式では、唯に真っ赤な優勝旗が渡された。
ついで藤子に優勝楯。
準優勝高とともにメダルを授与され、最後はバックスクリーンを背景に記念写真を撮影。
表彰式が終わると、廊下で清正はメンバーを探した。
いた。
向こうでも千波が見つけたらしく、
「取ったよ! 先生、てっぺん取ったよ!」
千波とすみれが駆け寄って抱きついた。
「ようやったなぁ」
ここで実感が沸いてきたのか、
「お前ら、どえらいやっちゃで…」
何がなんだか分からなくなってきている。
しかし少し冷静になってくると、なぜか藤子がいない。
「一人足らんやないか」
「藤子ちゃんは、新人賞の授賞式に行きました」
しばし考えてから、
「そっちも取ったんか…!!」
清正は目が回りそうになっていた。
その頃、藤子は長谷川マネージャーの車で、例の男装風の衣装のまま、丸ノ内の授賞式のホテル会場へと向かっていた。
「せめて制服に着替えられたらいいんだけど…」
藤子は着替え場所を気にしている。
パフォーマンスが終わってから受賞の連絡が来たのは表彰式の直後で、
「今から向かわせます」
という長谷川マネージャーの車で、首都高速に入ったところである。
丸ノ内のホテルに着くと、
「先生、こちらです」
案内されるまま広間に来ると、フラッシュの光を大量に浴びた。
たまらず目を伏せた。
席につくと、記者会見が始まった。
ネットで話題のメガネっ娘アイドルの藤子を見ようと集まったメディアだけで、百社以上いたらしい。
記者会見はかなり長くかかった。
作品とは関係のない質問もかなりあって、
「作品に関連のない質問が出ましたので、会見を打ち切ります」
大人の洗礼を間近に見たような気が、藤子はしたらしい。
茅ヶ崎の宿舎に戻ったときには、すでにメンバーは寝ていた。
「だって夜中の二時近いもん」
そんな中、暗闇で待っていたのは、清正と唯である。
「おかえり」
唯は優しく、藤子を抱きしめた。
「夢、叶っちゃったね」
「これからがいろいろ大変だよ」
それは藤子は、記者会見で重々思い知った。
「有言実行の女やな」
確かに藤子は両方取るとは言い切った。
でもまさか本当に取れるとは夢寐にも思っていなかったらしく、
「取れてなかったら恥ずかしかった」
思わず本音が出た。
唯の前でだけは、藤子は気持ちを包み隠さないらしかった。
チェックアウトの前日。
ホテル側のはからいで、祝勝会と受賞パーティを兼ねた祝宴が開かれた。
「まことにおめでとうございます」
いざ夢が叶うと、何をして良いのか分からなくなるということを初めて体験している。
唯と藤子が並んで座った。
「ののか先輩、面接で決まったみたいだよ」
直前にLINEが来たらしい。
華やかな料理がならび、メンバーの中には少し舞い上がってしまっているのもある。
「あれをどう引き締めるかが課題だよね」
マヤの意見が正鵠を射ているように、藤子は思われてならなかった。
事実、翠なんかは舞い上がって無断で外出してコンビニの新聞を買い、長谷川マネージャーから大目玉をくらっている。
清正は一言だけ、
「ワイの片目と引き換えやったんかな」
次に優勝するときはどこが引き換えなんやろか、と笑いを誘ったが、あの投げ込みを知るすみれだけは、どうしても笑えなかった。
飛行機で新千歳に着くと、さらにすごかった。
初出場初優勝という快挙、さらには最年少受賞というダブルの達成を成し遂げたアイドル部を、メディアは放置しない。
バスターミナルで乗り込む際には、知らない男から雪穂が肩を掴まれそうにもなった。
幸い空港の警備員がすぐ引き離して怪我らしいケガはなかったのだが、
「ネームバリューの引き換えって、こういうことなんだろうね」
雪穂は醒めたことを言った。
「私たちが目指していた未来って、こんなんだったっけ?」
あやめの一言が、唯は痛かった。
札幌の校舎へ帰ると、さらに出迎えが増えていた。
澪に至っては、
「あんなにいたら近づけなくて」
恐怖しかなかったらしい。
報告会が道庁の旧庁舎前で行われたのだが、このときには数百人が集まって車道にまで人が溢れ、隣の道警から人が出張る騒ぎとなっている。
時の人となったアイドル部ではあったが、
「私たちは有名になりたくて頑張ったんじゃなくて、ただみんなを楽しませたくて、アイドルになったんだけどね…」
唯の部長としての苦悩は、そんなところにあったのかも知れない。
折しも北海道では災害が立て続いて起きていた時期でもあり、そうした中で起こったアイドル部の歓喜とフィーバーの裏側で、アイドル部の娘たちは困惑していたようで、
「でも、どうしたらいいのか分からなくなるよね」
唯は答えを探しあぐねた。
そのとき。
「ソロと別ユニット以外、外部の活動を休んでみるのは駄目ですか?」
思いついたように言ったのは、みな穂である。
「アイドル部の外部活動だけ休めば、良くなるのかなって」
同時に提案されたのは、各学年五人までの制限と、成績のガイドラインであった。
「これなら少数精鋭で行けるし、分担して動けますよね?」
どこで思い付いたのかまでは分からなかったが、どちらもすぐ採用された。
「代替わりするんだから、せめて良くしとかないとね」
自分では力不足だと唯は思っていたようで、
「澪先輩、認めてくれるかな」
これが唯の最近の口癖になった。
当然のことながら、学校行事以外の活動休止は話題をさらった。
様々な憶測も流れた。
だが。
個別の活動は止めていなかったので、sea snow irisはライブ活動をしていたし、すみれのソロアルバムのレコーディングも続行していた。
そうした中。
七月から地元のFMラジオでレギュラー放送の番組も始まった。
九人もラジオブースには入れない。
「当番決めて、二人ずつ出よ?」
最初は比較的トークの上手いマヤと、知名度のある雪穂が出た。
「この組み合わせはなかなかないよねー」
などと話しながらマヤのボケに雪穂砲が炸裂する内容は反響もあり、露出を抑えた中でもあったので、次第にリスナーも順当に増えていった。
夏休みの合宿の際には、機材を祝津の合宿先へ持ち込んで、夏休みスペシャル版として九人全員でラジオに出た。
休止以来初めて九人揃っての登場に、
「アイドル部復活!!」
などとも書き込まれたが、後にこの回以降はしばらく先まで、スペシャル版はなかった。
学業を優先し、みな穂が国語で赤点を取ってしまったときなど、
「とーこ先生の現代文タイム」
などというミニコーナーまで立ち上げ、ちょっとした語学番組のようなことまでした。
ラジオ番組は土曜日に収録され、日頃のレッスンの様子などが紹介された。
かなり厳しく美波が指導するので、
「そこらのチャラチャラしたタレントやお笑い芸人の比ではない」
などと言われたこともある。
清正が出た回のときには、
「あんまりプロデュースしてないですよね?」
などとツッコまれたが、
「あくまで部活動ですからね。誰が顧問に来ても大丈夫なように、彼女たちに自由と権限と責務を持たせな、この部はすぐ消えます」
チームとはそうしたもの、と清正は言い切った。
「これは顧問になってから思ったのですが、アイドル部であれ何であれ、ワイは人間教育とか人格形成の一つのツールやって考えてるんですね。せやから、なるだけ生徒に考えさせるし、生徒自身が提案して決めたことには責任持たせます」
これが反響を呼び、清正にも講演会の依頼が入るようになって、長谷川マネージャーがスケジュールを見るようになった。