千波のキーボードが終わると、
「みなさーん、お待たせしました! 二年連続のライブでーす!」
アイドル部が登場すると、やはりボルテージは上がる。
「今年はオリジナルナンバーのライブです!」
歓声があがった。
「それじゃあ、盛り上がってゆくぞーっ!!」
千波が作った『シーサイド!』から始まり、しっとり聴かせる『いつの日か』、アップテンポでコメディチックな『逃げろ仔猫ちゃん』。
すみれのソロナンバー『RAINBOW』を挟んで最後は可愛らしい『もふもふ。』で大盛り上がりを見せ、アンコールでは楽器組も出てきて新曲『食べちゃうぞっ!』で大歓声の中ライブはハネた。
「今回はかなり盛り上がったねー」
予想外ながら、あやめがバック転をしてみせたのである。
「かなり練習しました」
鼻につけたピンクの絆創膏が証拠であろう。
翌日は前回好評だったトークイベントで、
「ゆきほ&みなほ」
というコンビのマッタリしたマイペース漫才や、マヤのマニアックなアニメ物真似など、新しいラインナップを揃えた。
その後はコスプレしたマヤの撮影会で、一般公開日とも重なって、見たこともないような男だらけのムンムンとした熱気で撮影会が行なわれた。
マヤが今回用意したのは中二病のコスプレで、眼帯までしっかり仕込んである。
生徒会の仕事をしながら見ていた翠は、
「私がやりたかったのはこれだったんだ…」
このときほど翠が、生徒会長になったことを後悔したことはなかった。
人気投票の結果が来た。
「千波ちゃんが一位だって!」
なんと雪穂を抑えて千波がトップになった。
「千波ちゃん、敵いないからなぁ」
キーボードでのライブがかなり盛り上がったのが効いたらしい。
当の千波は、
「一位なんて人生で初めてかも」
少し当惑気味であったが、
「来年こそ頑張ろうかな」
「いや唯先輩、三年生だから」
マヤあたりになると、ツッコミも出来る。
二位がそのマヤ、三位にはあやめが入った。
「バック転出来るようになったからだよ、きっと」
アクロバティックなパフォーマンスは美波以来引き継がれつつあるようであった。
「最下位の翠はしょうがないよ、だって生徒会で忙しかったんだし」
藤子はかばうように言った。
リラ祭が終わると、いよいよハマスタ全国大会の特訓が始まった。
「こらセラミックス、そこ足逆だって!」
ダンス練習も日に日に厳しくなり、コーチの美波からは、軍隊なみの厳しい指導が入る。
「ほんとにあんた踊れない子だね…これならまだ雪穂のほうがまだ出来るわ」
翠は半泣きになりながらも、必死で練習に食らいつく。
「そりゃ生徒会長だもん、意地はあるよね」
美波は目標を定めてあり、
「初出場で初優勝して伝説的なチームにならないと、世界を立ち渡るなんて夢でしかない」
と言い、それには完璧に揃えたフォーメーションと、オリジナリティで他を圧倒しなくてはならない。
なので甘ったれた性根では、足手まといどころか邪魔でしかないのである。
翠以外それが分かっていて、だから泣きべそをかいても、這い摺ってでも練習に食らいつく。
翠にすればタイミングが悪かったとしかいいようがないのであるが、ともあれ見通しが甘かったのもあった。
当然ながら。
美波の視線の先のものは違う。
完璧に仕上げないと勝てないと考えている美波からすれば、
「アイドル部始まって以来のポンコツ」
まずリズム感覚が少し変である、という。
「なんで裏拍打てないのかねぇ…」
美波は頭を抱えた。
「とりあえず、藤子に入ってもらって見てみる」
みな穂が藤子を呼びに行った。
藤子が入ってフォーメーションを見ると、やはり揃っている。
「悪いけど、翠は踊らなくていいよ」
やはり踊れないのは厳しい、と美波は通告した。
翠にすれば残酷でしかないのだが、意識が違うと、どうしても認識はズレる。
「…やっぱり、嫌われてるのかな?」
「そんな感情的なものでダンスを外すかどうかなんか決めたりはしない。単に踊れないから踊るなって言っただけ」
美波は余りにも明瞭な論拠を示して喝破した。
ところで、と美波は、
「自由曲は何とかなりそうなんですが、問題は課題曲で…」
清正に話を振った。
「まぁ『butterfly girl』やからね…あれは難しいで、変拍子やから」
五拍子となると取りづらい。
「去年なんか課題曲が七拍子やったから、みんな軒並み駄目やったらしいし」
難儀やなぁ、と清正はため息をついた。
それでも。
オリジナル曲に『ソルジャーアドベンチャー』というナンバーがあって、これは七拍子だから、変拍子をやって出来ないことはない。
「これは財産やで。作ってくれたモロキュウPさんには感謝やな」
熱狂的なファンだという動画のユーザーが、ボーカロイドを使って作曲してくれたものを、
──アイドル部のために使ってください。
と申し出てくれた曲である。
「これは宝物にしとかなあかんで」
すでに、アイドル部はメンバーだけのものだけではなくなっていたのである。
自由曲もいくつかある中から選んだのは『扉』。
やはりモロキュウPの作曲である。
テンポもよくリズムも取りやすいため選んだのだが、唯は違う意味で悩んでいた。
「衣装が、ねぇ…」
ミシンが扱える唯は衣装を担当し、背の高いマヤから小柄なすみれまで、様々なシーンに合う衣装を作ってきた。
曲の雰囲気が荘重なため、今までのように可愛らしい訳にはいかない。
でもスカートが長めではダンスに不具合が出る。
ふと、部室の窓を見た。
広場で練習するメンバーを眺めた。
「…そうだ!」
何か閃いたらしかった。
六月の雨上がりの日曜日。
メンバー全員と清正、美波、そして澪と、澪に誘われて来た安達茉莉江は、ハマスタの全国大会の戦勝祈願のため、北海道神宮へ参拝しに出向いた。
セーラー服姿で玉砂利を踏みしめるメンバーが、神職に先導され、厳かな本殿へ整列して歩いてゆく。
清正はスーツ姿である。
リクルートスーツ姿の澪や茉莉江もいる。
この頃には有名になっていたアイドル部が突然あらわれたので、参道は急に騒がしくなった。
スマホを構えて写真や動画を撮る若者、手を振って歓声をあげる修学旅行らしき中学生たち、中にはグッズを手に名前を呼ぶファンらしき男もいた。
本殿で祈祷が始まり、床几に腰を下ろしたメンバーや一同が祝詞を受ける中、一人だけ異彩を放ったのは清正である。
スーツの上から陣羽織を羽織っていた。
後に分かったことだが、西陣織できらびやかに仕立てられた、片身変わりと呼ばれる壮麗なもので、背には嶋家の桧扇の定紋が大きく刺繍されてある。
祝詞が済むと、清正と部長の唯が玉串を奉奠する。
一同で柏手を打ち、二礼二拍一礼で祈祷は終わった。
が。
本殿から正門をくぐり、弓道場の脇にある駐車場を目指して木立ちを歩いていたときである。
ヒョーッ、と石のようなものが飛んできた。
「危ないっ!」
茉莉江に当たりそうになったので、清正は咄嗟に茉莉江を草むらへ突き飛ばしてかばった。
茉莉江は、スーツが汚れただけで済んだ。
しかし、
「…っ!!」
見ると、清正が右眼に手をあてがい倒れ込んでいる。
指の間から、鮮やかな血が垂れていた。
「大事ない、大事ない…」
と言ってから気を失った。
修羅場である。
「…もしもし?」
藤子は冷静に警察を呼び、運転免許の講習で救護を習ったばかりの美波が、止血のためにハンカチを裂いた。
あたりはざわつき始めている。
人だかりがし始めていた。
ほどなく救急車が到着し、救急隊に運ばれて清正は市立病院へと運ばれていった。