暑くなり始めて暫く経った頃。注文していたスーツも無事に出来上がり、でもそのスーツの出番が無いままいつも通りの日々を過ごしていた。
「あ、溜めてたアニメ消化しないと」
夜中は寝て居ることが多いので深夜アニメは録画して後で観ることが多い。実家にいた頃からこう言うスタイルなのだけれど、あの頃は妹もたまに一緒に観ていたなと、そんな事を思い出す。
家を飛び出してからだいぶ経ったな。それを思うと感慨深い。別に、家族仲が悪いわけじゃなかった。居心地が悪いわけでもなかった。じゃあなんでオレが家を飛び出したのかというと、原因は除霊の時に使っている道具だ。
一般的に悪霊に限らず霊とか、有象無象と言った物は生の力に弱い。そして生はそのまま性に通じる。何が言いたいかって言うと、オレの除霊道具はいわゆるアダルトグッズでそれを除霊用に沢山所持している。仕事で振り回している時は全然気にしていなかったのだけれど、なんとそれらを妹に見られてしまったのだ。妹は悲鳴を上げることも軽蔑の目で見ることもなく、へーそんなの使ってるんだ。という反応だったのだけれど、どんだけクールにスルーされても妹に見られたらいたたまれなさがカンストするのでそのまま勢いで家を飛び出してしまった。
「ああ、もう何年も家に帰ってない……」
母ちゃんが作る麻婆豆腐を食べたいなと思いながら冷たい麦茶を飲む。
ふと携帯電話が鳴り始めた。すぐに手に取って開いてみるとメールを着信したようだった。送り主はリンで、今度上野で開催されるコンサートに一緒に行かないかという誘いだった。日程的には問題ないので脊髄反射で行くと返信してしまった。
返信してから考える。どんなコンサートなんだろう。勤から前に聞いた話だと最近はゲーム音楽をオーケストラで演奏するコンサートとかも有るみたいだし、リンの職業柄そんな感じなのかな?
「あー、でも、コンサートっていうと、ちゃんとした服着てかないといけないんだよな~」
勤やジョルジュから聞く限りだと、コンサートは改まった服装で行くのがマナーとのことだからそんな服うちに有ったかなと思い返す。うん、有る。作って貰ったばっかりだわ。まさかこんな所でスーツが役に立つとは思わなかったので心の中でツツジに感謝した。
そしてコンサート当日の夕方。待ち合わせ場所の上野駅前にはきっちりとしたスーツを着たリンしか待っていなかった。
「おっすお待たせー。あれ? 今日はリンしかいないの?」
奏は勿論、勤も呼んだ物だとばっかり思っていたのでそう訊ねると、リンはこう答える。
「実は今日のコンサートのチケット二枚しか無くてさ、呼ぶのに丁度良いのがイツキだけだったって言う」
「そうなのか? 奏は?」
チケットを受け取りながらまた訊ねるとリンは横断歩道の向こう側に有る建物を指さす。
「今回奏は出演側なんだよ。それで招待チケット分けて貰ったってわけ」
「わお」
奏が出演側ってアニメのコンサートなのだろうか。それはそれですごい。
入場時間が近づいてきているので、取り敢えず会場に入ろうと揃って移動を始めた。
会場に入り観客席に座ってから渡されたコンサートの目録を見て驚いた。そこにはオレの知らない曲ばかりが並んでいて、けれども見るからにクラシックだという事がわかる物だったからだ。
「え? なんでクラシック?」
疑問に思ってリンに問いかけるとこう言う事だった。
「奏って元々クラシックの歌手なのだぜ?」
「ええええ」
全然知らなかった。それでアニソン歌ってるのまではわかるけど、声優やってるのはいまいち上手く繋がらない。でも奏もなんで声優やってるのかわからないって言ってたしそう言う物なのかなぁ。いまいち事態を飲み込めないでいるうちに開演の時間が来た。
それから数時間。クラシックのコンサートなんて退屈なだけかと思ったけれど、生の演奏というのは迫力があって思わず聴き入ってしまった。特に驚いたのは奏の独唱だったのだけれど、驚くほど高い声で歌っていてついつい性別を疑ってしまった。
余韻を引きずりながら観客席を出てロビーでリンと話をする。この後奏と合流出来るかどうかとの事で、奏が打ち上げに出ずに切り上げるのなら一緒に軽く一杯引っかけていこうかと言うことになっているそうだ。
「来れるかどうかは一通り片付いたらメールするって言ってた」
携帯電話を片手にリンが言う。片付くまではどれくらい時間が掛かるのだろう。しばらくふたりでロビーで立っていてその間周りから人が居なくなって、妙に静かになった。
リンの携帯電話が鳴る。どうやら奏はオレ達と合流出来るようだ。
「裏口から出てくるみたいだからそっち回ろうか」
「おうよ」
見た目よりも暗く感じるロビーから外に出て建物の裏口へと回った。何故だろうロビーから出た外も必要以上に暗く感じる。ただ暗いだけで無く、街灯もあるのに周りの空気に墨を流したようだった。
「なんか不気味だな」
リンがそう呟いてほんのちょっとだけ経った頃にスーツ姿の奏がやって来た。
「リン先輩、イツキさん、お待たせいたしました」
「よう久しぶり」
オレが片手を上げて声を掛けると奏はにこりと笑って頭を下げる。ようやく揃ったなと言いながら、リンが先導して歩き始めた。
ふと、リンが左側を向いた。何だろうと思ったら視線の先にはすでに門が閉め切られている美術館がある。
「そういえばここ、外にも銅像有るんだよな」
そう言いながら閉じた門の上から中を覗き込んでいる。つられてオレも同じように中を覗き込んだ。
幾つか大きな物が置かれているのはわかるけれど、どんな物なのかは暗くてわからない。これは昼間見た方が良いのだろうなと思ったその時、頭の上を何かが掠めた。沢山の羽ばたきが聞こえる。
「先輩、イツキさん、これは一体……!」
悲鳴じみた奏の声に周りを見渡すと、人の半分ほどもある目の数がまばらな蝙蝠が大量にオレ達を取り囲んでいた。
「これ、小動物館から逃げてきたとかですかね?」
「だといいなぁ!」
お互い抱き合って怯える奏とリン。どうしたもんか、明らかに有象無象の類いだけど生憎今日は退魔用の道具なんて持ってきてないぞ。仕方ない、これを使うか。
オレは携帯電話を取りだしてインターネットに繋ぐ。すぐさまにブックマークしているアダルトサイトを表示させ、携帯電話を畳んで握ってその拳で蝙蝠を殴りつける。
殴られた蝙蝠は体勢を崩して悲鳴を上げたけれど消え去る気配は無い。どうするか。勤やジョルジュに助けを呼んで今から間に合うというか、来るまで間を持たせられるか。
リンや奏に噛み付こうとする蝙蝠をその都度殴り飛ばしながら考えていると一際大きな羽音が聞こえた。
「私の部下達に手を出すのはやめて貰おうか」
大きな羽音の方向からその声は聞こえた。声の主の方を向くと、美術館の低い門の上に立つ人影。その背には大きく黒い羽を背負っている。
「お前が親玉か! 手を出すのやめて欲しかったらそっちが引っ込め!」
そう言い返すとそいつは溜息をついてこう言った。
「ああ、私の部下達が人間との契約も無しに不躾なことをしたのは申し訳無い。すぐに引き取らせよう」
その言葉の後そいつが指を鳴らすと、オレ達の周りに居た蝙蝠達は一斉に飛び上がり、美術館の敷地にあるなにやら大きい四角い物に吸い込まれていった。
「お前達もこんな夜更けに我々のテリトリーを侵すような真似は慎め。
特に今日は星の並びが悪い」
門の上に立っていたそいつも門の上から姿を消す。それでも安心できずに何度も周りを見渡して、心なしか街灯が明るく感じられたところでリンと奏に声を掛ける。
「もう大丈夫だからな」
すると奏が震えた声で訊ねてきた。
「イツキさん、先程の蝙蝠はなんだったのでしょうか」
その質問にオレは答えられない。具体的になんなのかわからないのだ。だからこう答える。
「後ほど有識者会議開くわ」
「あ、溜めてたアニメ消化しないと」
夜中は寝て居ることが多いので深夜アニメは録画して後で観ることが多い。実家にいた頃からこう言うスタイルなのだけれど、あの頃は妹もたまに一緒に観ていたなと、そんな事を思い出す。
家を飛び出してからだいぶ経ったな。それを思うと感慨深い。別に、家族仲が悪いわけじゃなかった。居心地が悪いわけでもなかった。じゃあなんでオレが家を飛び出したのかというと、原因は除霊の時に使っている道具だ。
一般的に悪霊に限らず霊とか、有象無象と言った物は生の力に弱い。そして生はそのまま性に通じる。何が言いたいかって言うと、オレの除霊道具はいわゆるアダルトグッズでそれを除霊用に沢山所持している。仕事で振り回している時は全然気にしていなかったのだけれど、なんとそれらを妹に見られてしまったのだ。妹は悲鳴を上げることも軽蔑の目で見ることもなく、へーそんなの使ってるんだ。という反応だったのだけれど、どんだけクールにスルーされても妹に見られたらいたたまれなさがカンストするのでそのまま勢いで家を飛び出してしまった。
「ああ、もう何年も家に帰ってない……」
母ちゃんが作る麻婆豆腐を食べたいなと思いながら冷たい麦茶を飲む。
ふと携帯電話が鳴り始めた。すぐに手に取って開いてみるとメールを着信したようだった。送り主はリンで、今度上野で開催されるコンサートに一緒に行かないかという誘いだった。日程的には問題ないので脊髄反射で行くと返信してしまった。
返信してから考える。どんなコンサートなんだろう。勤から前に聞いた話だと最近はゲーム音楽をオーケストラで演奏するコンサートとかも有るみたいだし、リンの職業柄そんな感じなのかな?
「あー、でも、コンサートっていうと、ちゃんとした服着てかないといけないんだよな~」
勤やジョルジュから聞く限りだと、コンサートは改まった服装で行くのがマナーとのことだからそんな服うちに有ったかなと思い返す。うん、有る。作って貰ったばっかりだわ。まさかこんな所でスーツが役に立つとは思わなかったので心の中でツツジに感謝した。
そしてコンサート当日の夕方。待ち合わせ場所の上野駅前にはきっちりとしたスーツを着たリンしか待っていなかった。
「おっすお待たせー。あれ? 今日はリンしかいないの?」
奏は勿論、勤も呼んだ物だとばっかり思っていたのでそう訊ねると、リンはこう答える。
「実は今日のコンサートのチケット二枚しか無くてさ、呼ぶのに丁度良いのがイツキだけだったって言う」
「そうなのか? 奏は?」
チケットを受け取りながらまた訊ねるとリンは横断歩道の向こう側に有る建物を指さす。
「今回奏は出演側なんだよ。それで招待チケット分けて貰ったってわけ」
「わお」
奏が出演側ってアニメのコンサートなのだろうか。それはそれですごい。
入場時間が近づいてきているので、取り敢えず会場に入ろうと揃って移動を始めた。
会場に入り観客席に座ってから渡されたコンサートの目録を見て驚いた。そこにはオレの知らない曲ばかりが並んでいて、けれども見るからにクラシックだという事がわかる物だったからだ。
「え? なんでクラシック?」
疑問に思ってリンに問いかけるとこう言う事だった。
「奏って元々クラシックの歌手なのだぜ?」
「ええええ」
全然知らなかった。それでアニソン歌ってるのまではわかるけど、声優やってるのはいまいち上手く繋がらない。でも奏もなんで声優やってるのかわからないって言ってたしそう言う物なのかなぁ。いまいち事態を飲み込めないでいるうちに開演の時間が来た。
それから数時間。クラシックのコンサートなんて退屈なだけかと思ったけれど、生の演奏というのは迫力があって思わず聴き入ってしまった。特に驚いたのは奏の独唱だったのだけれど、驚くほど高い声で歌っていてついつい性別を疑ってしまった。
余韻を引きずりながら観客席を出てロビーでリンと話をする。この後奏と合流出来るかどうかとの事で、奏が打ち上げに出ずに切り上げるのなら一緒に軽く一杯引っかけていこうかと言うことになっているそうだ。
「来れるかどうかは一通り片付いたらメールするって言ってた」
携帯電話を片手にリンが言う。片付くまではどれくらい時間が掛かるのだろう。しばらくふたりでロビーで立っていてその間周りから人が居なくなって、妙に静かになった。
リンの携帯電話が鳴る。どうやら奏はオレ達と合流出来るようだ。
「裏口から出てくるみたいだからそっち回ろうか」
「おうよ」
見た目よりも暗く感じるロビーから外に出て建物の裏口へと回った。何故だろうロビーから出た外も必要以上に暗く感じる。ただ暗いだけで無く、街灯もあるのに周りの空気に墨を流したようだった。
「なんか不気味だな」
リンがそう呟いてほんのちょっとだけ経った頃にスーツ姿の奏がやって来た。
「リン先輩、イツキさん、お待たせいたしました」
「よう久しぶり」
オレが片手を上げて声を掛けると奏はにこりと笑って頭を下げる。ようやく揃ったなと言いながら、リンが先導して歩き始めた。
ふと、リンが左側を向いた。何だろうと思ったら視線の先にはすでに門が閉め切られている美術館がある。
「そういえばここ、外にも銅像有るんだよな」
そう言いながら閉じた門の上から中を覗き込んでいる。つられてオレも同じように中を覗き込んだ。
幾つか大きな物が置かれているのはわかるけれど、どんな物なのかは暗くてわからない。これは昼間見た方が良いのだろうなと思ったその時、頭の上を何かが掠めた。沢山の羽ばたきが聞こえる。
「先輩、イツキさん、これは一体……!」
悲鳴じみた奏の声に周りを見渡すと、人の半分ほどもある目の数がまばらな蝙蝠が大量にオレ達を取り囲んでいた。
「これ、小動物館から逃げてきたとかですかね?」
「だといいなぁ!」
お互い抱き合って怯える奏とリン。どうしたもんか、明らかに有象無象の類いだけど生憎今日は退魔用の道具なんて持ってきてないぞ。仕方ない、これを使うか。
オレは携帯電話を取りだしてインターネットに繋ぐ。すぐさまにブックマークしているアダルトサイトを表示させ、携帯電話を畳んで握ってその拳で蝙蝠を殴りつける。
殴られた蝙蝠は体勢を崩して悲鳴を上げたけれど消え去る気配は無い。どうするか。勤やジョルジュに助けを呼んで今から間に合うというか、来るまで間を持たせられるか。
リンや奏に噛み付こうとする蝙蝠をその都度殴り飛ばしながら考えていると一際大きな羽音が聞こえた。
「私の部下達に手を出すのはやめて貰おうか」
大きな羽音の方向からその声は聞こえた。声の主の方を向くと、美術館の低い門の上に立つ人影。その背には大きく黒い羽を背負っている。
「お前が親玉か! 手を出すのやめて欲しかったらそっちが引っ込め!」
そう言い返すとそいつは溜息をついてこう言った。
「ああ、私の部下達が人間との契約も無しに不躾なことをしたのは申し訳無い。すぐに引き取らせよう」
その言葉の後そいつが指を鳴らすと、オレ達の周りに居た蝙蝠達は一斉に飛び上がり、美術館の敷地にあるなにやら大きい四角い物に吸い込まれていった。
「お前達もこんな夜更けに我々のテリトリーを侵すような真似は慎め。
特に今日は星の並びが悪い」
門の上に立っていたそいつも門の上から姿を消す。それでも安心できずに何度も周りを見渡して、心なしか街灯が明るく感じられたところでリンと奏に声を掛ける。
「もう大丈夫だからな」
すると奏が震えた声で訊ねてきた。
「イツキさん、先程の蝙蝠はなんだったのでしょうか」
その質問にオレは答えられない。具体的になんなのかわからないのだ。だからこう答える。
「後ほど有識者会議開くわ」