優しい、文字をなぞるその声に夏哉の声が重なる。
『冬華』って、何度も名前を呼んでくれた。
『夏哉』って、返事をすることが減っても、私の背中に、たまには私の正面に回って、呼んでくれた。
ヒサコさんの前で散々流したはずの涙が、また溢れてくる。
拭っても、拭っても、零れ落ちていく。
「夏哉……っ」
もう届かないのに。
叫んだって、繰り返したって、もう二度と『冬華』と呼んでくれないのに。
どうして言ってくれなかったの。
どうして抱きしめてくれなかったの。
「榊くんがこの手紙を届けに来たときの顔が忘れられません」
手紙を置いた朔間先生が目を閉じて、まるで独り言のように呟く。
「大人と先生という立場があったのに、彼を止められなかった僕は、彼の親御さんや橘さんに糾弾されてもおかしくないのでしょう。だけど、僕にとってはなにより、このふたつの立場が榊くんの拠り所になっていたのではないかと、自惚れてしまうのです」
「朔間先生と夏哉のこと、教えてください」
ヒサコさんへの手紙を除いて、コウトくん、アキラ、ユリ、ナオキへの手紙には、夏哉自身の自殺に結びつくものが何も残されていなかった。
だからこそ、朔間先生への手紙を見て、驚いた。
きっと、何が夏哉をここまで追い詰めていたのか、その核心を朔間先生も知っている。
「もちろん」
湯気の落ち着いたコーヒーのマグカップを持ち上げて、朔間先生は窓の外を見遣る。
瞬きの度に色を変える空。
今日は、風が強い日だ。