コーヒーマシンの稼働音がやけに大きく聞こえた。
窓際につけた椅子に浅く座る朔間先生と、ソファに座るわたしの間に落ちた沈黙を、お互いに急いで拾いあげようとはせずに、コーヒーマシンの音が止むまで、一言も声を発しなかった。
棚に置いてあったふたつのマグカップにコーヒーを注いで、ひとつをわたしに手渡すと、朔間先生はまた同じ場所に戻る。
「そのマグ、榊くんのなんだよ」
「……夏哉、の」
ぎゅっと、まだ熱いマグカップを握りしめる。
もうずっと、触れたことのなかった夏哉の体温より随分高温のそれに触れていると、指先が焼けるように痛んだ。
「なにから話そうか」
手のひらに伝わった熱がわたしの血液にまで伝わって、全身が熱くなる。
マグカップをテーブルに置いて、立ち上がる。
「これ、先に読んでください」
はやく手放したかった。
これで最後だから。
たった6通の手紙を届ける旅は、永遠に近い時間を感じるよりも早く、こんなにも呆気なく、終わってしまう。
手紙を差し出した手が震えた。
離したくない。離したら、終わってしまう。
朔間先生の机の上に置いてソファに戻ることだってできたのに、私は頑なにその場から動かず、朔間先生がわたしの手から手紙を抜き取ってくれるのを待っていた。
だけど、いつまで経っても朔間先生は受け取ってくれなくて、そこではじめて、視線を合わせた。
「これと交換にしましょうか」
微笑んだ朔間先生が机に置いてあった一冊の本の間から抜き取ったのは、見慣れた封筒。
【 冬華へ 】
その封筒に書いてある名前に、目を疑った。
わたし宛の手紙。
それは、この短い旅が始まる前に、いちばん最初に読んだはずなのに。
「それは、僕との話が終わってから読んでください。そう、頼まれたので」
先に受け取った封筒を黙ったまま見下ろす。
「止められなくてすみません、と言うべきですか?」
「わたしはその言葉を受け止められる人じゃないです」
止められなかったのはわたし。
誰よりも近くにいたのに、この手は結局、夏哉に与えられたものに縋ることしかできない。
朔間先生はわたしの手から手紙を抜き取って、丁寧に封を開けた。
わたしにも読みやすいように、椅子の位置を変えて、仄暗くなりつつある室内に間接照明を灯す。
その手元を覗き込んで、文字を追いかけようとすると、すうっと息を吸う音が聞こえて、朔間先生が手紙を読み上げ始めた。