アカツキくんが去ったあとの駅前に立ち尽くしていると、程なくして到着した電車から一斉に人が雪崩てきた。

巻き込まれないうちにその場を去ろうとしたとき、やたらと急ぎ足のスーツ姿の男性に抜かれた。

その男性を筆頭に、色んな人が急いで帰って行く。


向かう方向が皆違うこともあって、ヒサコさんの家までの道のりにはわたしだけが歩いている。

前に出した右足を、左足は追い越そうとせずに並びたがるから、とても遅い歩みだった。

誰かに手を引いてもらいたくて、右手を差し出してみるけれど、掴む手はいつまでもやってこない。


そう都合よく、アキラが通りかかるわけでもあるまいし、と考えたところで、以前は夏哉を求めていた自分がいちばんにアキラを浮かべたことに気付く。

その事実に、また泣きそうになったけれど、今度は涙は零れない。

さっきのが偶然だったのか、あれほど感情が昂らなければ泣くことさえできないのか。


涙が手向けになるわけでもない。

たとえば涙の粒を瓶詰めにして窓辺に置いてみたって、夏哉の夢を見られるわけでもない。


無意味な涙なんて、流したくなかった。

自分の弱さを思い知るだけだ。


ヒサコさんの家への曲がり角に入ると、玄関先をうろうろと左右に行ったり来たりする人影が見えた。

日に透けて、薄く色付けたわたがしのような髪、ぴんと伸びた背筋。


ヒサコさんはわたしに気付くと、後ろをついて回っていたコウトくんの手を引いて、こちらへ駆けてきた。

以前にも思ったことだけれど、コウトくんは義足であることを感じさせない。

長いズボンを履いているから、その下にある義足がちらりとも見えないのがネックだった。

よく見ると、片足と動きが少しだけ、違うのだけれど。


「冬華ちゃん」


声をかけてきたヒサコさんは、わたしがどこに行っていたのかの見当はついているのだろう。

ひどく、憔悴しきった顔をしていることには、自分でも気付いている。

コウトくんから見上げたわたしの顔は、きっとひどいのだろう。

直接コウトくんに当たらなかったとはいえ、フォローのひとつも入れずにいたことを思い出して、道の端にしゃがみこむ。

コウトくんを見上げて、歩いている間は誰にも掴まれることのなかった手を差し出すと、両手できゅっと握ってくれた。


「ごめんね、とうかちゃん」


コウトくんが何に謝っているのかなんて、わたしもわからないし、コウトくん自身もわかっていないのだと思う。

けれど、謝らなければいけない、と思わせてしまったことが情けなくて、小さな手をこちらに向かって引いた。


「とうかちゃん……」


ぽすん、と肩口に埋まったコウトくんの頭。

両足がしっかりと地面についていることを確認して両手を解放してやると、即座にその腕が首に回された。


視線を上げると、ヒサコさんがホッと安堵したような表情でこちらを見ている。

そうして、ふと眉を下げて口を開きかけたけれど、先にコウトくんが動きを見せたから、噤んでいた。


「おばあちゃんに、きいたよ」

「え……?」

「なつくん、しんだの?」


混じり気のない眼に射竦められて、ふと、初めてコウトくんに会ったときはこの瞳に映るのが恐ろしかったことを思い出す。

コウトくんと交互に繰り返した瞬きが五度目を数える前に、わたしは唇の真ん中を開いた。


「そうだよ」


本当のことを、いずれにしても話さなければいけないことは、わかっていた。

あの手紙を今より大人になったコウトくんが読んだときに、必ずしも夏哉の行方を知るわけではないけれど、どこかにいるのに会えない、という状況になることが、いちばん悲しいことだと思った。

夏哉の本意にも背くと思うから、いずれは、伝えるつもりでいた。


まだ、ずっと先だと思っていたことが、こんなにも早く伝わってしまったことに、少なからず迷う心もあるけれど。

死という概念をどこまで理解しているのかは、わからないにしても。