音が止んだように、何も聞こえなかった。

ひゅう、と口から吸い込んだ空気が喉を伝っていく。


「これ、なつくんがかいたの?」


コウトくん宛ての手紙とはまるで内容も書き方も違ったせいか、ピンと来ずに疑問符を浮かべている。

わたしは、手の甲に青筋が浮かぶほどつよく拳を握り締めて、潤む視界を晴らそうとするのに必死だった。


ぼた、と音を立てて落ちた雫が、スカートにシミを広がる。

赤裸々に、文体は落ち着いていながらも、歯止めを無くしたように激しい感情で書かれた文面に、込み上げるものを抑えられない。


「いじめられたの……?」


読めるところだけを抜き取った、悪意のないコウトくんの言葉が容赦なく耳をついて、叫び出しそうになる。

この手紙に書いてある通りのことが本当に起きていたのだとしたら。

考えただけで、背筋に悪寒が走る。


夏哉は、たったひとりで戦っていた。

カエデさんの言っていた足の怪我が、推測した通り故意的なものであったのだとしたら。

同等の暴力を一度と言わずに受けていた可能性がある。


「ねえ、なんて書いてあるのー?」

「っ……」


無邪気な声がカンに触った。

わからないのなら、読もうとするな、と叫びそうになるのを押さえてコウトくんから体ごと反らすと、ヒサコさんがコウトくんを連れてどこかへ行った。


荒くなった呼吸を整え終わる前にまた乱して、激しい頭痛に襲われる。


産まれたときから休まずに続けてきた呼吸の仕方を今更見失う。

ずっと、当たり前にしていたことだから、方法を知らないのも当然で、宇宙に放り出されたような心地になる。

それでも、苦しい、と唇から零せば空気は簡単に滑り込んでくるし、肺はその空気を受け入れて、促すように逆流してきた。


「冬華ちゃん」


ひとりで戻ってきたヒサコさんが力強くわたしの肩を抱き寄せる。

前につんのめるようにして、ヒサコさんの肩口に顔を押し当てる。

遠慮がない代わりに痛いくらいにわたしの肩を抱くヒサコさんに、わたしも力いっぱいしがみついた。


何かにしがみついていないと、どこかへ落ちてしまいそうだった。


頭が真っ黒になって、真っ白になって、その繰り返し。


「……っ」


零れないように強く瞑った瞼から、涙が滲み出していく。

あれほど、もう二度と泣けないかもしれないと虚勢を張っていたのが嘘のように、ボタボタと滴っていく。


夏哉の姿を目にしても泣かなかったのは、心が追いついていなかったからだ。

死んだ、ということをきちんと認識してはいたけれど、その理由がまるでわからなかったから。

ずっと、わからないままでいた理由の片鱗が一気に目の前を飛散したから、こんなにも涙が溢れて止まらない。