途方に暮れつつも、引き下がるわけにはいかなくて、何とかその場で粘っていると、建物の中にいる先生の一人が私に気付いた。目が合うと同時に会釈をすると、にこやかな笑顔で首を傾げ、外に出てきてくれる。小走りで柵の前に来たエプロン姿の若い先生は、普段は園児や保護者に振りまいているであろう笑みを惜しげもなくわたしに向けた。

飲食店の接客でもなければこんな風に真っ向から笑顔を向けられることに慣れていなくて、ぎこちなく微笑む。


「誰かのお姉さんですか?」


嘘をついたって仕方がないけれど、正直に話したとしてほいほいと園児を連れ出しはしないだろう。でも、ここはもう正直に伝えるしかない。一応ちゃんと目的があるのだから、門前払いを食らうことはないと思いたい。


「わたしはその、全く関係がないんですけど、友人から頼まれたことがあって」


いきなり名指しをするのはマズイと判断したのだけれど、いまいち主旨が伝わらない。きょとんとした顔をされても、とても大人を相手にしているようには思えないのも相俟って、上手い言葉が出てこない。変な汗を手のひらに滲ませながら、簡潔に用件だけをかき集める。


「コウトくんっていますか?⠀友人から手紙を預かっていて、それだけ渡したいんです」

「コウトくんのお友達?」


何か思い当たる節でもあるのか、少し考え込んだ後、先生は園内に戻って行った。


夏哉のことを知っている、という反応で間違いないのかはわからないけれど、確かめる術をひとつも持っていない。

ひとり置き去りにされたこの状況で、ポケットに入れた手を出したり引っ込めたりしていると、さっきの先生が男の子の手を引いて歩いて来た。


顔と体の半分を先生の後ろに隠すようにしてこちらへ向かっているから、表情はよく見えない。

それよりも目を引いたのは男の子の右足だ。ふくらはぎの辺りで裾の絞られたズボンを穿いていて、そこから伸びた右足には、義足が装着されている。


「コウトくん。このお姉ちゃん、知ってる?」


先生がしゃがみ込んでコウトくんに尋ねるけれど、もちろん、わたしのことを知っているわけがなくて、その首は緩く横に振られた。眠っているところを起こしてしまったのか、ぼんやりとした目でわたしをじいっと見上げている。


「コウトくん、夏哉は知ってる?」


寝惚け眼のコウトくんに、なるべくゆっくりとした口調と柔らかい声音で問うと、パッと瞳の形が変わった。垂れていた目尻が興奮気味に持ち上がり、よじ登りそうな勢いで柵を両手でつかむ。


「なつくん、ぼくのともだちだよ!」


さっきまでの様子と打って変わった満面の笑みを見せられ、その変わり様に面食らっていると、先生がクスクスと笑った。


「中に入りますか?」

「あ、じゃあ庭にだけお邪魔してもいいですか」


部外者を中に入れていいものなのかと疑問に思うけれど、このまま柵越しに手紙を渡して去るわけにはいかない。

ここに来るためのヒントがわたしの手紙に書かれていたということは、コウトくんへの手紙に次のヒントが入っているのだろうから。


中から鍵を開けてもらうと、コウトくんががっしりとわたしの手を掴んだ。両手で挟むように握られ、姿勢を低くした状態で、手を引かれるままについて行く。

あとで様子を見に来ると言い残して先生が室内に戻ったあと、コウトくんは周りを見渡して、花壇へと向かう。


「こっち!」


花壇の前で手を離すとコウトくんがレンガ縁に座る。足をぷらぷらと浮かせて隣を手で叩いて見せるから、後ろの土を踏まないようにコウトくんの横に腰を下ろす。