「このあと時間ある?」


来て帰るだけ、というのも勿体ないから、せっかくなら街に出るかこの辺りをぶらつくかと提案をしようとしたとき、先手を打ったのはナオキだった。

行く宛なんてないだろうに、もしかして、下調べをしてここに来たのかと思ったけれど、ちがった。


「夏哉が死んだ場所に行きたい」

「あ……」


そうだ、顔を合わせたナオキがあまりにも普通でいるから、つい忘れてしまっていたけれど。

夏哉のお父さんから、ナオキの知りたかったことは聞いたのだろう。

だから、死んだ場所に行きたい、なんて言うんだ。


「そんな顔すんな」


くしゃ、と髪に乗せられた手が左右に動き回る。

自分がどんな顔をしているのかがわからなくて、ナオキを見上げた。


「泣かないんだな、冬華は」

「いちいち泣いてられないよ」

「それもそうか」


いちいち、どころか一度だって泣いていないけれど。

泣きそうになることがないし、もしかして泣くかなって自分で思ったときでさえ、目元は乾いたままだ。


「行こう」

「あ、それなら一度大通りに出てバスで……」

「いや、歩きたい。夏哉がいた街なんだろ」


住宅街の外周を回って市街地に向かうバスがこの先を通る。

来た道をそれこそ駅の辺りまで戻って、川沿いにずっと進まなければいけない。

30分、もしかしたらもっとかかるかもしれない。

寒いし、遠回りだし、夏哉のいた町といったって、住宅街の外を歩くことなんてほとんどなかった。


「冬華」


いつの間にか先に歩いて行っていたナオキが振り向いてわたしを手招く。

そう言うのなら、と踏み出しかけた足が前に進まずにその場に留まる。


「どーしたんだよ」


わざわざこっちまで戻ってきたナオキがわたしの顔を覗き込む。

ブラウンの瞳に映るわたしを見ていたくなくて、そっと視線を逸らした。


「……行きたくない?」

「そうじゃ、ないけど」

「行ってないんだろ、冬華」


隣町との境にある川であることは知っている。

対岸からだけれど、一度は眺めたことだってある。

でもその場所へは、行けなかった。行きたくなかった。


「行ってどうなるの?」


夏哉がそこにいるわけじゃない。

誰かが亡くなったという痕跡も、自殺ではなかったかもしれないという要素も、今更見つかるわけじゃあるまいし。


「どうにもならないことを知るだけだ」

「っ……」

「冬華はさ、夏哉が死んだこと、ちゃんとわかってるんだろ。でも俺はそうじゃない。線香上げさせてもらったけど、まだ信じられない」


眉を下げたナオキが笑って、またわたしの頭に手のひらを載せる。


「だから、俺の中でちゃんと受け入れたい。ついてきてくれるか?」


頷いて、答えた。

受け入れられていない、という風には見えなくて、本当の理由は別にある気がしたけれど、それだってナオキ自身わかっていないことなのかもしれない。