足のことなんて知らない。
部活で痛めたのなら、昔から通っている病院に行くはずだ。
ひとりでここまで来る必要も理由もわたしにはわからない。
「たぶん、故意的なものだろうって。だから……」
カエデさんが噤んだ口が何を言いかけてやめたのかなんて、よく分かっているつもりだ。
そんなわけ、と頭では否定したがる一方で、否定しきれない。
頭の奥の方で、何かがドクンと跳ねて、こめかみがひんやりとした。
「あ……ごめんね。適当なこと言っちゃって。わからないよね」
「いえ……ありがとうございます」
お礼なんて吐けるような心中ではなかった。
渦を巻くどす黒いものたちの中に手を突っ込んで、その一部を掴んでみるけれど、純に黒いそれの原型がわからない。
白くなった指先を手のひらに包み込む。
「一度だけ、なんですよね……?」
どんな理由を知っても受け止めると決めていた。
目を逸らしたくなるかもしれない、受け止めることに躊躇してしまうかもしれない。
それでも、手向けにもならない自己満足を貫こうって決めた。
「ひとりで来たのは一度だけよ」
「そう、ですか」
ホッとついた息をもう一度吸い込もうとしたけれど、冷たい空気しか戻ってこない。
よかった。
たったの一度だけなら、偶然かもしれない。
大体、夏哉に暴力を振るう人はいない。
夏哉はお父さんとふたり暮らしをしていて、お互いに生活を助けていた。
近所の人だって、それはもうお節介も程々にしてやってくれと言いたくなるほど、あれこれと手や口を挟んでいたし。
教室での夏哉は物静かな雰囲気とはいえ、ノリはいいしよく話す友人もいた。
部活だって、わたしの知っている範囲は限りなく狭いのだけれど、アカツキくんがいたわけだし。
考えられる可能性を片っ端から削って、けれど、心の内がざわざわと落ち着かない。
誰に与えられたかもわからないその傷が、間接的に、もしくは直接的に、夏哉が自殺をした原因なのだとしたら。
やっぱり、わたしは夏哉のいちばんそばにいたのに、何も知らないのだということ。
「冬華ちゃん、私、余計なこと話しちゃったね」
「っ……余計なことじゃないです!」
そんな不確定で今更確かめようのないことを言わないで、と責めたくなる心がなかったわけじゃない。
けれど、もう、知らないのは嫌だ。
少しでも多く知っていたい。
なにが正しくて、なにが間違っているのを判断できるほど、わたしは夏哉にとって何者でもないのかもしれないけれど。
知っていたい。
掴んだ砂の欠片さえ、虚像でしかないとしても。
「不安にさせちゃったでしょう」
棒立ちで、震えそうになる手足に必死に力を込めていると、カエデさんが下からわたしの顔を覗いて、そっと頬に手を伸ばした。
「大丈夫、です。わたし、全部知りたくて、探してるから」
「強いんだね、冬華ちゃんは」
強くなんてない。
弱いから、ずっと、弱かったから。
いくら手を振り払っても背中を向けてもそばにいてくれた人に縋り続けて、その強さをほんの少し付着させているだけだ。
この旅が終われば、灰のようにまとわりつく夏哉の強さだったものは、きっと剥がれてしまう。