わたしの手を持ちながら、もう片方の手で用意したパッケージを開けると、液体の染みたコットンのようなものを声掛けもなく傷口に押し当てられる。
声を出すほどの痛みではないけれど、唇を噛み締める。
逸らした視線の先で、気を紛らわすためにパッケージを見る。
個包装のそれには消毒綿と書かれていて、匂いからしてエタノールが含液されていたのだと思う。
家庭用にも置いてありそうなパッケージで、病院でもこういうものを使うのかと思う。
なんとなく、液に脱脂綿や綿球を浸してピンセットで摘み上げるような想像をしていたから。
丁寧に傷口を拭ったあと、被覆材をカットすると、その四方を更にハサミで切る。
「……どうして、端っこを切るんですか?」
「ん? ああ、こうすると剥がれにくくなるの。ほら、普通の絆創膏とかも端は丸いでしょう」
角のある湿布もこうするといいよ、と話しながら、傷口に貼り付けて治療は終わり。
「ありがとうございます。こんな小さな傷にわざわざ、すみません」
お礼で口を閉じてしまえばよかったのに、自分でも気付かなかったほどの小さな傷に手間をかけさせてしまったことが申し訳なくて、ぼそぼそと告げると、切端を片付けていたカエデさんが振り向く。
「どういたしまして」
ナオキとは違って透き通るように真っ白な肌につい見惚れてしまう。
窓から差し込む光が余計に白さを誇張させて、近くで見たくなった。
「冬華ちゃんって呼んでいい?」
「あ、はい」
年上の女性にちゃん付けで呼ばれることに慣れていなくて、くすぐったいけれど。
「冬華ちゃんは高校生?」
「はい。もう卒業しましたけど」
「あ、それはおめでとうございます! じゃあ、4月からは大学かな?」
お祝いの言葉に対するお礼を返そうとしたはずなのに、後半の問いかけにすべてが吹き飛ぶ。
なんの気なしに聞かれたことだ。他意なんてない。
受験に落ちただとか、見当違いな誤解はされたくないけれど、事細かに話す必要もない気がして、ナギサさんに答えるというよりは床の木目に落とすように答える。
「一応、予備校に……」
なにが一応だ。
秋からずっと決めていたくせに。
申し込みも必要な書類の記入も早々に済ませて、家にいる間は勉強だってしてる。
夏哉のことがあって厳かになりがちだけれど、アキラの前で決めた通り、3月の終わりまでには蹴りをつけるつもりだ。
「予備校かあ……何かやりたいことがあるの?」
「へ……いや。何もなくて。だから決めたんですけど」
「そっかあ。ゆっくり決められるといいね」
やりたいことが何もない、だなんて恥ずかしいって思ってた。
何となくで進学を決める同級生は周りにもいたけれど、予備校を選ぶ人はわたしのクラスにはいなかったから。
18歳の自分に何もないことが、恥ずかしかった。