「あっち」
まるでここへ来たことがあるような物言いと足取りで、ユリは道路を横切る。
その後を追いかけると、海へと続く階段があって、下りた先には船が一隻停泊していた。
「あれに乗る」
「乗るって……手漕ぎボートじゃあるまいし。動かせんの?」
わたしが何か言うと、どれもこれも火種になりかねないから、アキラが代弁してくれるのはすごく助かる。
ユリはアキラに対しても高圧的な物言いだけれど、わたしに話すときのようなトゲトゲしさはない。
後ろに船外機のついたボートは見たところ、大人数が乗れるような大きさではない。
海を見渡すとちょうど真正面に見える島に目を凝らすと、僚船らしき船がいくつか停泊している。
島に渡るための船、なのだろうけれど、操縦席にも船の周辺にも人の姿はない。
コンクリートでかためた乗り降りをするための足場はあるけれど、岩場が続くばかりで舟屋らしき建物もない。
ひとりなら途方に暮れていただろうけれど、行動派の人間がふたりもいるのは心強い。
耳を傾けて聞いた内容は、さすがに無断で船を動かすことはできないし、ここで待つか一人残して二人で周りを探してまわるか、という話だった。
さっきは足取りも軽く見えたけれど、ヒールを履いているユリに砂浜や岩場を歩かせるわけにはいかなくて、アキラと二手に分かれて、と話をしていたとき。
ふと、耳に届いた波以外の物音。
ユリとアキラも音に気付いたようで、船の向こう側の岩場を見遣る。
物音ではなく、人の声が岩場の裏から聞こえていた。
「フン、フフーン、フン、フフフーン」
音ではなく、声で、かつリズムを踏んでいて。
鼻歌だ、と気づいたとき、声は違う音に変わった。
「フッフフ……ふはっはっはっは」
「笑ってる? 気色悪いな」
はっきりと言ってのけたアキラに同調してユリが頷く。
気色が悪いとはいわないけれど、確かに突然笑い声が聞こえてきたら気味が悪い。
はー、と余韻を残して笑い止んだ声の主は、それきり黙り込んでしまった。
「誰が行く?」
「絶対変なやつじゃん、どっちか行って」
声を潜めるでもなく、波の音にいくらか遮られるとはいえ、話していることは鼻歌の人にも届いている。
こうして話しているうちに出てきてくれたら、と願っても一向にこちらへ来る気配がない。
船の裏を回ってアキラとともに岩場の陰を覗く。
ばちりとかち合ったふたつの眼がカッと見開かれて、ニッと白い歯を見せる男の人。
かたそうな岩に頭をのせて寝転んでいて、わたし達と目が合うと、開いていた雑誌を胸に置いた。
「変なやつって言ったのどっち? 女の子の声だったな?」
「わたしじゃないです!」
にこやかにしているけれど、内心とても腹を立てているかもしれない。
慌てて否定すると、一息で上半身どころか身体ごと起こして立ち上がった彼は軽々と岩場を越えて、船の向こうにいるユリを見つけた。