「冬華、起きろ。ほら、おまえも」
陽の光の音の向こう側から、アキラの声が聞こえる。
ユリのことはおまえなのに、わたしのことは名前で呼んでくれた。
そんな小さなことが嬉しくて、口元が緩む。
「起きろっつってんだろ。着くぞ」
「いたっ!」
ビシッと容赦なく飛んできたデコピン。
ジンジンと後を引く痛みにぼやける視界の中、アキラの指の先端が映った。
短く切りそろえられた爪ではなく、かたく分厚い指先が当たっただけであの痛み。
指先ひとつとっても、男子と女子ではこんなに違う。
体感でゆっくりと減速していく電車。
アナウンスが停車駅を告げると同時に、ユリが身じろいだ。
図々しくもアキラの肩にもたれて眠っていたらしい。
わたしももしかしたら、俯いて眠っていたつもりがアキラの方へ傾いていたのかもしれない。
「ちょっと。冬華も寝てたの?」
「ユリこそ……連れてきた本人が寝てるって」
電車を降りたところで、悪態をついてくるユリに応戦する。
もういい加減にやめようよ、と思うのに、意固地になって自分からは引けない。
「喧嘩すんな」
どうどう、と長い腕をわたしとユリの間に割り入れて制するアキラを、ユリがじっとりと睨む。
それを見下ろすアキラも、さすがに気分を悪くしたのか、眉間にいくつかのシワを寄せ、黒目を白目の下に追いやる。
「中学生のくせに!」
「それ言える状況じゃなかったろ」
アキラの方が一枚上手だ。
余裕そうな笑みを浮かべて、ついでに言い終える頃にはちらりとわたしにも視線を寄越した。
肩を竦めて見せると、ふっと柔らかい笑みをこぼす。
「行こうぜ」
軽い足取りで先に改札を出るアキラを追いかけた。
ユリは面白くなさそうな顔をして、ついてくる。
無人駅を出ると、国道を挟んだ向こう側には海が広がっていた。
海はどこまでも続いているわけではなく、どんと構える大きな島が目に飛び込んできた。
距離がどれくらいあるのかはわからないけれど、向こう岸に浮かぶ船がいくつか見える。
「ここからどうするんだ?」
言って、アキラは周りを見渡す。
目の前には海、振り向けば山。
民家が一軒も見当たらない。
国道だというのに、車は一台も通らないし。