アキラが時折こくりこくりと頭を揺らす様子を横目に捉えながら、今度はさっきアキラが来た方とは逆の道からユリが歩いて来るのが見えた。
「アキラ、起きて」
「……ん」
本当に眠っていたわけではなさそうだけれど、ふわふわの髪を左右に振って、ぼうっと顔を上げる。
悠然とこちらに向かってくるユリの背後の時計は、8時10分を指していた。
淡いピンクのブルゾンに膝上丈のスカート。
丸出しの膝小僧は寒そうで、けれどそれよりも、怪我の黒ずみのようなものひとつない肌が少しだけ羨ましい。
艶のあるブラックのロングブーツはヒール付きで、どこのショーに出るんだよ、と言いたい。
こちらは防寒第一でグレーのモッズコート、インナーとジーンズはデザインのない裏起毛で完璧にしてきたというのに、そんな可愛らしい格好を決められてきたのでは立つ瀬がない。
別に、コーディネートで張り合おうなんて気はないし、ユリに敵わないことだってわかっているけれど、全体的に暗い色の自分の姿に、何に対するものなのかもわからない自信が喪失していく。
「……誰、その人」
ユリの連絡先を知らないから伝えられなかったというよりは、勝手に日時指定をされた報復のようなもので、アキラが同行することはわたししか知らない。
不信感を丸出しにするユリに対して、アキラが睨みを利かせでもしたら、一触即発。
なんとなくだけれど、この二人は反りが合わない予感がしていた。
「柴田章」
顔色を変えずに、アキラは幾分かマシになった声で短く名乗った。
しばた、あきら。
フルネームは知っていたけれど、夏哉の残した手紙に引き合わされたわたし達は『 初めまして 』と名乗ったことがない。
わたしに宛てた自己紹介ではないとはいえ、アキラの口から名前を聞いて、この出会い方が普通でないことを思い出した。
ユリを除いて、コウトくんとアキラにはそれが当然のように接していたのだから、不思議だ。
名前も知らない人とこんなに打ち解けられるなんて、自分でも信じられない。
夏哉のトモダチだから、という理由だけで、わたしも警戒心を解いていたことに驚きながら、名乗ることなく駅舎に向かっていくユリを追いかけた。