◇
土曜日。駅に着いてもユリとアキラの姿はない。
時刻はまだ7時半だから、8時の約束にはまだはやい。
行き道でユリと会うのは気まずかったし、わざわざ来てもらうのにアキラを待たせるのも忍びなくて、少し早めに到着するように家を出た。
土曜日だというのに忙しなく人の行き交う様子を端目に、隅の壁に背中を貼り付ける。
充電温存のために携帯で暇つぶしはせず、音楽をイヤホンから流して、ぼんやりと駅前の景色を眺める。
小さなロータリーに滑り込んで、人を降ろして去っていく車の流れを見ていたけれど、余計に時間の流れが遅く感じる。
学校に通う途中でよく捕まっていた踏切を通る電車が、とうに時間は過ぎているのに、なかなか通過しない。
ロータリーの中央にそびえる柱時計を見ても明らかで、遅延のアナウンスがないということは、平日と土日祝ではダイヤがちがうのかもしれない。
リピート再生していた曲が振り出しに戻る。
イントロの半ばでイヤホンのボタンを二度押しして、次の曲を流す。
3分と少しの短い曲を何度か繰り返していると、見覚えのある姿が向こうから歩いて来るのが見えた。
カーキ色に細かいチェックが並ぶチェスターコートに、黒のジーンズ、スポーツブランドのワンポイントがあしらわれたショルダーバッグを肩にかけ、深緑のマフラーに顎を埋めて、アキラはのそのそと歩いてきた。
眠そうな顔を下向けて、整った衣服とは正反対に何もセットしておらず無造作な髪を、風に煽られないように片手で押さえつけていた。
「おはよう」
「……はよ」
耳に滑りこむ声がずしっと全身を重くする。
普段はあまり低く感じないのだけれど、掠れながら発せられた声は聞きなれない感じで驚いた。
「……もしかして、朝弱い?」
学校のある日はこの時間よりも早いでしょ、と言いたくなったけれど、支度もあっただろうし、呼び出した手前、あんまり偉そうなことは言えない。
「昨夜あんまり寝れなかったんだよ」
「あ、そうなんだ。今日たぶん空いてるだろうから、電車の中で寝てていいよ」
「……ん」
やっぱり、寝惚け混じりなのか反応が鈍い。
隣に並んで背中を壁にぶつけるとき、やたらと勢い付いていたせいでショルダーバッグの金具が鳴いたし、アキラ自身、衝撃に小さく呻いていた。
なにか話しかけていないとそのうち寝息が聞こえてきてしまう気がして、他愛のない話をいくつか投げかけるけれど、生返事だったそれはとうとう返ってこなくなった。