「狡い。夏くんはいつだって、冬華のことばかり」


投げやりに、ぶっきらぼうに、吐き捨てるように。

不貞腐れているのならまだ何かを言い返せた。

夏哉からの手紙を受け取っていて、わたしの知らない夏哉との時間があってもなおそのセリフを吐くのなら、もうわたしに言えることはないのだろう。


昔のように戻れないことなんて、お互いがいちばんよく知っている。

戻りたいだなんて思っていないことも、腐った幼馴染みの肩書きが煩わしいことも、ぜんぶわかっている。


生理的に受け付けられないだとか、その域まではいかないにしても、関わりを持ちたくない人間が、これまでにも何人かはいた。

わたしにとってはユリが、ユリにとってわたしが、そこに含まれるだけの話だ。


「まだ届ける手紙があるの。なにか知っているのなら、教えてほしい」


これで、最後。これが、最後だから。

ユリも教えてくれるはず、と思ったのに。


「今度の土曜。朝八時に駅に来て」

「え? 待って、駅?」

「来なかったら知らない」


床に落ちた手紙を拾い上げて、宝物を抱くように胸に寄せたユリが、頭を上げてやけに神妙な顔付きで言った。

今日、はじめて、ユリの目を真っ直ぐに見つめたかもしれない。

誰かの目を見ているということは、誰かがわたしの目を見ているということで。

それは時として、とても恐ろしいことのように思えてしまう。

冷え切って、トゲのある視線を向けられることなどずっと知っていたことだから、わたしはユリの目を見ることも見られることも怖かったのだけれど、今のユリの目に悪意なんてなかった。

ただ、戸惑っているような、迷っているような目をしている。

その迷いの原因が、ユリ自身にあるのか、夏哉なのかわたしなのかはわからない。


わたしも突然のことに困惑して薄く開いた唇を引っ付けたり離したりを繰り返していると、ユリは言ったことを二度繰り返すことなく背中を向けた。

引き止めたって、もう振り向きすらしないのだろう。

外に出て閉じ切ったドアの前で立ち尽くしていると、すぐに後ろで施錠される音が聞こえた。