紙の端が指先の皮を裂いた。

細い糸のような傷から、ぽつぽつと血の玉が浮かぶ。

咄嗟に手を跳ね上げたせいか、ユリは驚いた顔を見せたけれど、わたしの指先をちらりと見て、すぐに逸らした。


背中が向けられる。

ユリが離れていくのにわたしが焦らなかったのは、門を閉じようとしなかったからだ。

何も言われないのをいいことに玄関先までついていくと、ドアを開けたあと、こちらを向かずに告げられる。


「部屋には上げないから」


ユリは廊下の壁に凭れて、手紙を広げた。

部屋には上げないと言われた手前、廊下に並ぶのもしにくくて、玄関に立ち尽くす。

落ち着かずに、人差し指に浮かぶ血の玉を親指ですり潰した。

ユリの黒目が右へ左へと動いて、たまに1箇所に留まりながら、手紙の文字を追いかける。


「……夏くんもあんたも嫌い」


ぽそり、と零された言葉は、トゲも針もなく、水玉のようにフローリングの床に落ちた。

コロコロと転がって、わたしの足元にぶつかる。


「ねえ、冬華」


覇気のない、力の抜けた声だった。

その表情があんまり悲痛げで、見ていられない。


「夏くん、なんで死んじゃったの」


コウトくんには、言えなかった。

アキラには、理由はわからないと言った。

まだ、どうして夏哉が命を絶ったのかはわからない。

その反応を見るに、ユリも理由は知らないのだろう。


「夏くん、どうして、助けなかったの」


その言葉の意味を噛み締めて、俯く。

涙が零れそうになったわけじゃない。

ユリが、素直で正直で真っ直ぐで、見ていられなかった。


「あんたは助けてもらったのに、夏くんのことは助けないの?」

「それは……」


答えられずにいると、一気にユリの口調が怒気を帯びて激しくなっていく。


「これ、読んだって言ったよね。どう思った? あたし宛ての手紙なのに、冬華って名前が何度出てきた?」

「どうって、そんなの」

「夏くんの一番そばにいたくせに、何もしなかったんでしょ」


勢いに圧倒されて、返す言葉もない。

皮肉めいているけれど、ユリは間違ったことをひとつも言っていない。


ぜんぶ、ユリの言う通りだ。

自惚れでも、勘違いでもなく、夏哉のいちばんそばにいたのはわたしだった。


知らなかった、では済まされないことくらいわかっているのに、本当にわたしは何も知らない。

素直に口にしたら、ユリはきっとわたしを許さない。

けれど、もう取り返しのつかないことを偽っても、どこにもたどり着けないままだ。