「夏哉はわたしにとって、地上の太陽なんだよ」
空から落ちてきたのかと思ったら、空へ落ちてしまって。
地平線の向こうから生えてきたのかと思ったら、引っ込んでしまって。
いつの間にかそこにいたと思ったら、いつのまにかいなくなってしまう。
夜空に向かって、手を伸ばす。
その手を掴んだのは、アキラだった。
「なに?」
「あ、いや、なんか無意識に掴んだ。ごめん」
自分の行動のわけがわからないというように、困惑しているから、くすりと笑うと真っ赤な顔で怒り出す。
「掴めるもんを掴めよ」
「そうだね、ごめんね」
差し出された手にわたしの手を重ねる。
ぎゅっとつなぎ止められた手は簡単には振り解けない。
「帰るぞ」
「うん」
「ユリ連れて、ナオキのところに行こう。洸斗と3人でサッカーしよう。久子さんの家の縁側でゆっくりお茶でも飲もう。あと、その先生にも会いたい。俺も夏哉の話が聞きたい」
「明日の約束?」
「馬鹿。今日だよ。ぜんぶ、今日することだ」
手を繋いだまま歩いて、片手では起こせない自転車をふたりで立て直す。
ハンドルの真ん中をバランスを保ちながら支えて、アキラと歩いていく。
「ユリ、怒るよ。突然すぎって」
「いいよ。一緒に怒られようぜ」
「ええ……わたしとばっちりじゃん」
いつの間にか、繋いでいた手は指先が絡むだけのものになって、道半ばで完全に解けた。
それでも、わたしはアキラと歩調を同じにして、隣を並んで歩いている。
「……夏哉」
「ん?」
「アキラじゃないよ」
わかっていて、返事をしたのだろう。
誰にも届かないはずの声は、アキラに届く。
見守ってくれる人がいる。
宙に放るだけではどうしても、時に頼りなく、都合よく薄れて掠めてしまいがちになってしまうから、見届けてくれる人がいることが今は心強い。
「夏哉」
昨日に置き去りになるはずだったわたしを、今日に連れてきてくれた。
明日は牙を持つし、棘を張り巡らせがちだけれど、夏哉が触れて今日になったとき、そのうちのいくつかは抜け落ちていくのだと思う。
「大丈夫のあとに言ったこと、夏哉はたぶん覚えてないんだろうけど」
冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。
泣きたいくらいの愛おしさが、いつか薄れてしまう日が来たとしても。
覚えている、忘れることなく。
「今日が来るたび、そばにいる」
頭の中で響いた声と、わたしの声が重なる。
追いかけるように、10文字足らずの言葉がもう一度唇から零れ落ちていった。
「悔しいけど、夏哉の言う、今日に触れたいって願いはあの頃からわたしのそばにあったんだよ」
最初はただ、なんとなく、忘れられなかった。
約束されない明日でも、欲しくない明日でも、今日になれば夏哉がいるんだって、そんな勝手な解釈で自分を守っていたのかもしれない。
一度だって裏切られることなく、続いていたことが、その証明。
1月4日、それが突然にちぎれてしまうまでは。
わたしの今日に、夏哉がいて。
夏哉の今日に、わたしがいたかった。
「わたしも、夏哉の今日に触れたかった」
「惜しい、50点」
黙っていたアキラがすかさず口を挟む。
「惜しいって……」
50点ということは、半分正解だということなのか。
ううん、と思案して、行き着いた答えをなるべく高く放る。
「わたしも、」
わたしも、夏哉の今日に触れたい。
夏哉が触れた今日を抱きしめて、
わたしと、夏哉と、みんなの、
【⠀今日に触れられますように。 】