最近塗り替えられたばかりに見えるブランコの安全柵に座って、夏哉からの手紙を読み返す。


夏哉、なつや、ナツヤ。

きっと、この手紙が最初の1枚だったのなら、わたしは夏哉からの言葉だけを拠り所にして、この旅は始められなかった。


わたしの明日を、とても大切にしてくれた人。

誰よりも、わたしを好きでいてくれる人。

わたしの命を、救ってくれた人。


夏哉の肩書きは、たくさんあるんだよ。

わたし以外のトモダチたちの中にも、とても大きな存在なんだ。


叶わないから、願わないと決めていたことを、ふと口にする。


「戻ってきて、夏哉」


今度は、夏哉の今日が少しでも苦しくないように、一緒に朝を迎えよう。

昨日ぶりの太陽が、また夏哉を見つけてしまう前に。

夏哉、わたしも君の今日に触れたかった。


ガシャン、と少し離れた場所から大きな音がして、手紙に落としていた視線を上げる。

地面に横倒れた自転車の車輪が空回る。

寝癖をつけたまま、片足の裾が捲り上がった格好に上着も羽織っていない姿でやって来たアキラは、わたしを視認するなり全速力で駆けてくる。


「っ、この、大馬鹿が!」


怒号が真正面から飛んできて、その勢いに目を瞑る。

ここまで来る間にも、全力でペダルを踏んできたのだろう、さすが運動部というべきか、呼吸は落ち着いている。

声音通りの怒りで、鼻息はずいぶんと荒いけれど。


何か言わなきゃ、いけない。

焦るほどに言葉が出てこなくて、開いたままの手紙を握りしめる。


「……え、っ」


顔を上げられずにいると、視界の下方に大きな背中が広がる。

両腕が背中に回されて、アキラの頭はわたしの肩甲骨辺りにある。


抱きしめられていると気付く前に、しがみついていた。

アキラの背中に手紙が擦りついて、かさりと音を立てた。


「やめろ、マジで。心臓に悪い」

「ごめん、ね……」


はあっ、と深いため息が零されて、けれどアキラに回した腕は磁石で張り付いたように、わたしの意思では剥がれてくれない。


「夏哉のあと、追っかける気かよ」

「ううん、それはない」

「俺らじゃ役不足か。そんなに、あいつがいいのかよ」


そんなわけ、ない。

誰も、誰にも代わらない。

役不足だなんて思っていない。

夏哉を求めても、もういないってわかっているから。

だから、アキラを呼んだ。


「なんでこんな時間に、とかは抜きにして」


ぐわりと覆い被さるように、額がくっつきそうなほど距離を詰めたアキラが目鼻先でわたしを見つめる。

そうして、薄いくちびるを開くから、あたたかい息がわたしのくちびるにぶつかった。


「ちゃんと、助けてって言えたな」

「え……」

「言えるように、なったんだろ」


白い歯を覗かせて笑うと、アキラはわたしの髪を乱雑に撫でた。

無遠慮かと思うと、突然壊れ物に触れるように優しい手付きになる。


「悩んで、迷ったろ。相手が俺だから、尚更」

「うん」

「それでも、ちゃんと言えた。だから、俺はおまえを見つけられた」


まさかそんなことを言われるとは思わなくて、照れくさいような、戸惑うような、不思議な心境でアキラにされるがまま。

ひとしきりわたしの髪を乱したアキラが、その手紙、と小さく呟く。


「夏哉にもらった手紙?」

「うん。なんか、最後はわたしだったみたい」

「は?」


中途半端にアキラの脇腹辺りに添えた手を引っ込めるタイミングを失ってしまった。

アキラの方も、近すぎる距離を離すタイミングを見失っているようで、視線が左右へと泳ぎ回る。