——何が間違いだったのだろう?
いつもと同じようにしてきたはずだ。
それなのに、私はまたココにいた。
窓のない白い壁に囲まれた小さな部屋の中、そこにあるのは、使い込まれ木目の浮き出た机と、その机を挟むように置かれた二脚の椅子だけだ。
そのうちの一脚に私は座っていた。声は出なかった。誰もいない空間で発すべき言葉は見つからなかった。私の視線の先には、壁の中に隠されるように白い扉が一枚ある。
——それが開くのを、私は待っている。
私以外の誰かが入ってくるための扉か、それとも私自身がここから出るために設けられたものか。
「……」
その答えを私は知っている。
何度も繰り返してきたから。
だけど、その答えが今日はもしかしたら違うかもしれない。
——もしかしたら、見えない扉の先、雨はもう止んでいるのかもしれない。
ピピピピピ……
耳慣れた音に意識を取り戻すと、眠っていたはずの私の心臓はおかしなほど激しく音を立てていて、暖房の切れた部屋の中にいる私の体は熱帯夜の中にいたかのような大量の汗を纏っていた。じわりと全身を包み込む湿気が布団に包まれている私から容赦なく熱を奪っていく。
私は鳴り続けるアラームを止めると、自分の体を抱きしめ、深呼吸を繰り返した。
「大丈夫。何も間違えてない。まだ何も間違えてなんかない」
自分に言い聞かせるように呟く声はかすかに震えていた。それが寒さのせいではないことを自覚しながら、私はそっと視線を窓の方へと向ける。
締め切られたカーテンからは朝陽を思わせるような明るさはない。それでも夜とは違う色合いに、聞き慣れた雨音が混ざり込む。静かに、ゆっくりと、染み込むように耳の奥へと響く雨の音。外に出ることをためらってしまう憂鬱さが確かに私の胸にはある。その憂鬱さが汗をかいて冷えてしまった体にもう一度熱をくれる。
「……よし」
それは今にも消えそうなほど小さな声だったけれど、それでも私は立ち上がった。
変わり始めた日常が、間違いではなかったと信じたいから。