雨が降っている。
 そう意識する必要もないほど、耳慣れた雨音が今日も私を現実へと導いていく。
 何を見ていたのかも思い出せないような夢から覚めていく、その瞬間が、心地よくもあり、悲しくもあった。
 あぁ、今日も1日が始まってしまう。
 頬が沈む枕の感触も、体を包み込んでくれる毛布の匂いも、自分の体温で作られた膜のような温度も、その全部が私を優しく守ってくれているようで離れ難い。――と、同時にそれはこれから向かう現実の辛さを肥大させる。ここにいたい、この幸せな空間にいたい、そう思えば思うほど、ここにいてはダメだ、ここから離れる辛さが増すだけだ、と自分の頭の中で声がする。
 ピピピピピ……
 視線を向けることなく、私は枕元に置いてあるスマホに手を伸ばす。毎日同じ時間にセットされたアラーム音を私は慣れた手つきで止めた。時間なんて確かめる必要もない。今日も昨日と同じ1日が始まるだけだ。
 温かな空間を抜け出し、体を持ち上げる。たったそれだけの動作を行うために、私は思いっきり空気を吸い込む。暖房の切れた部屋に漂う空気は夜の間に冷やされ、私の中にはなかった低い温度を残していく。
「んー、よし」
 自分だけに聞こえる声は、自分だけを励ます言葉。両腕を伸ばした勢いのまま、立ち上がる。
 パジャマ一枚の体に触れるのは、夜から朝へと変わりゆく中で変わってしまった冷たい空気と、部屋の中に干された洗濯物から流れてくる柔軟剤の香り。朝陽が差し込むはずの東向きの窓からは、悲しいほどに光が見えない。
 それでも――降り続く雨のせいで十分に換気を行えない部屋の中、溜まってしまった埃たちが日差しの中にキラキラと出ていく、そんな日を想像して私は天井のライトを点ける。
 いつか、自分もこの世界を出ていく日を、思いながら――。