「俺、彼女できた」
 金曜日。帰りのホームルームが始まる直前。親友である手塚誠也(てづかせいや)に、昼休みの出来事を告げた。
 手塚は太一を一瞥すると、スマホに視線を固定したまま呟く。
「はいはいおめでとさん」
「何だよその反応は」
 冷たい態度の手塚に太一は顔をしかめる。
「あのな、嘘も大概にしとけって。今まで告白に失敗し続けてきたお前に、彼女なんてできるわけないだろ」
 さらっと酷いことを口にした手塚は、物でも扱うように太一をあしらった。しかし太一はそんな手塚の態度を鼻で笑う。
「甘いな。俺の純粋な気持ちに応えてくれる人が、ついに現れたんだよ」
 あまりに自信に満ちた態度を示す太一に手塚はため息を吐くと、スマホから太一に視線を向ける。
「まあ、一応聞くけど……相手は誰なんだ?」
「……柊。柊綾乃」
「嘘だろ!」
 机を両手で叩いた手塚は勢いよく立ち上がった。周囲の視線が手塚に向けられる。我に返った手塚は、ずれた眼鏡をかけなおした。
「本当だって。アドレスもゲットしたし」
 スマホ画面のアドレス帳を開いて、手塚に証拠を見せる。手塚は状況が理解できないのか、口を開けたまま呆気に取られている。
「そうか。太一、お前……」
 手塚は太一の肩にそっと手を置くと、慰めるように肩を軽く叩いてきた。
「自分でアドレス帳を埋めるほど、精神が崩壊してたんだな」
「埋めてないから。いい加減信じろよ」
 冗談だよと、手塚は太一に笑みを見せた。
「それでいつ告ったんだ?」
「今日の昼休み。屋上で告った」
「あの学年トップクラスの美少女がね。まさかお前と付き合うなんて。何か裏があるんじゃないか?」
「絶対にないって。だってあの柊だよ」
「まあ……太一の言う通りだな。俺も流石に柊さんに裏があるって考えたくない」
 柊は太一の思っていた通りの人だった。
 一年生の頃、入学式の後にクラスで行われた自己紹介。柊はこの時から、皆に向けて自分の夢を熱く語っていた。
 インターハイに出て優勝したい。
 常に真っ直ぐで自分の気持ちを偽らない。二年生になった今も、変わらずに自分の夢を追いかけている。そんな柊に裏があるなんて太一は思ってもいないし、思いたくもなかった。
「席に着け」 迫力のある声と共に教室に入ってきたのは、クラス担任の高野(たかの)先生だった。高野先生を見るなり、皆が一斉に自分の席へと戻っていく。
「今日は大事な話があるから、よく聞くように。先週の金曜日に行った身体測定ならびに血液検査の結果が、先程学校のポータルサイト「はるかぜ」の個別サイトに上がった。各自確認しておくように」
 教室内が喧騒に包まれる。その様子に呆れた表情をみせた高野先生は、持参していた黒いファイルを突然教卓に叩きつけた。甲高い音が響き渡り、一瞬にして教室内は静まり返る。
「まったく……こんなことで馬鹿騒ぎしてるようだと、この先が思いやられる。君達は二年生になった。せめて後輩の手本になるような態度を示してもらいたい。今のままだと馬鹿にされるぞ」
 張り詰めた空気が広がっていくのがわかった。高野先生は咳払いをして話を続ける。
「それで君達も知っていると思うが、我が堀風(ほりかぜ)高校は政府からの指定を受け、全国の高等学校で唯一、血液検査でボンドの測定を行った。二十歳未満の君達が、こうしてボンドの測定を行うのは世界で初めてのことになる。そのため今回は特別に結果を開示するが、くれぐれも他人に口外しないように」
 高野先生はそう言い放つと、手に持っていた黒いファイルを開いた。暫く目を通した後、視線を生徒へと戻す。
「なお君達の身体測定の結果と血液検査の結果は、月末までの公開となっているようだな。五月になると、ポータルサイトでの閲覧はできなくなるので注意するように」
 そんな高野先生の補足説明を最後に、帰りのホームルームは締めくくられた。担任がいなくなり、教室内が徐々に弛緩した空気を取り戻していく。生徒同士の会話が生まれ、活気のある空気が流れ出した。
 太一は背もたれに身体を預けると、大きく両手を伸ばす。
「私、3―1だ!」
「私は2―2」
「お、俺は2―1だったぜ」
 声のする方へと視線を向けると、数名の生徒が教室の真ん中でスマホ画面を見せ合っていた。その行動の意味に太一はすぐに気づく。おそらくポータルサイトに表示されたボンドの結果を見せ合っているのだと。
 高野先生の忠告を無視するクラスメイトを横目に、太一は帰り支度を始める。周囲から聞こえてくる会話のほとんどが、ボンドに関する話だった。