「やっと来たか、桃香。これで全員揃ったな」
足音を聞きつけて、本棚の奥から白馬先生が顔を出す。彼のその手にも何冊かの本がある。
白馬先生も意外と本を読むんだと感心していたら、コソコソと高雅さんに近づいて何やら耳打ちしている。
「な、なぁ、高雅。この本ちょっと借りていいか?」
「……ふーん、まぁいいよ」
ちょっとしか見えなかったけど、本のタイトルは愛なんちゃらと書かれている。高雅さんは一応頷いたけど、絶対楽しんでいる。
そんな彼の腹黒いものも露知らず、白馬先生は借りられた本をカウンターにいそいそと持っていく。その足取りは軽快だ。
きっと少女漫画から恋愛を学ぶほど的外れなことだとは思うけど、そっとしておいた。
「殺す……殺してやるわ。白雪姫なんていらない……この世で一番美しいのはこの私よおおおおおお!!」
スッと気配を感じて、次の瞬間には死人のように冷たい手が私の首元にあてがわれる。
そりゃあもう飛び跳ねた。盛大に。そしてとりあえず近くにいた高雅さんの腰に屈んでしがみつく。
「そうはさせるか! これでも食らえぇッ!!」
「ぎゃあああああああああ!!」
いきなり黒装束の女の人と屈強な身体の男の人が出てきたかと思えば、猟銃で撃たれた!? 突然のバイオレンス!?
もうこの世の終わりだと高雅さんの腰回りにしがみつくと、それを呆れた様子の高雅さんが宥めた。
「少し落ち着きなよ。バカでも彼らに見覚えはあるだろう」
そして鬱陶しそうに私を引き剥がした。
どさくさに高雅さんの腰に抱き着いたけど、めちゃくちゃウエスト細い。
出会って間もない小人達にも周りを囲んで慰めてもらう。少し癒されたところで高雅さんのくれたヒントで察しがついた。
彼らも恐らく小人達のように、高雅さんによってこちらへと誘われた登場人物なんだ。
撃たれたはずの女の人の身体がむくっと起き上がる。顔に垂れた黒く長い髪が、日本で定番の女幽霊のようですごく怖かった。また彼の腰に泣きつくかと思ったが堪えた。
魔女にも見えなくない風貌の彼女は、確か白雪姫を恨んでいた継母の……あと、その隣の男の人は猟銃持っているし白雪姫を助けた猟師のおじさん……だったかな?
記憶をたどりながら、振り乱した髪を整えるその義母に気軽に挨拶をされてしまう。
「どうも、白雪姫。やっと会えて光栄だわ。私は劇中であなたに毒林檎を差し出す意地悪な継母よ。どうぞよろしく」
「俺はその継母の目を盗んで、白雪姫のピンチを颯爽と救う紳士な狩人だ。お手柔らかに頼むぞ」
二人とも物語の中で見るより気さくな雰囲気だ。バカだからこの状況にすぐに対応することができなくて、ぼーっと彼らの顔を見ていた。
「そうそう、余興にと思ってね、せっかく会うなら猟師とホラーティックな演出をしてみたのよ。そこの高雅さんからあなたがオカルト好きだと聞いてねえ。喜んでいただけたかしら?」
……今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
隣にいるその人をじと目で見上げる。私の視線に気づかないわけがない。
「僕はサプライズをすれば君が驚くだろうと彼らに言ったまでだ」
「それだよ!!」
結局お前じゃねえか! ふざけんな! ちょっとウエスト細いからって調子に乗るなよ!
わけのわからない愚痴を漏らしながら、高雅さんに詰め寄ろうとしたけど彼からは欠伸が返ってくるだけだった。
そんな彼と怒り心頭の私との間に、お花畑から帰ってきた白馬先生が何事かとすかさず間に入る。
「まあまあ、落ち着けって桃香。そういえばまだお互いに自己紹介もしてなかっただろ? ここは一旦堪えて、まずは本の奴らと互いについて語り合おうぜ、なっ?」
もう高雅さんとしばらく口を聞かないと固く心に誓って、少し彼との距離を置く。